企画

□白鬼は嗤う〜第二章〜
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甲板での乱戦を仲間たちに預け、一人銀時の背中を追う。途中鬼兵隊幹部の妨害にもあったが、高杉の所の子供たちの言葉に甘えて、先を急いだ。
数年ぶりに会った幼馴染の顔は昔と変わらずへらへらとしたものだったが、そこに抱えるどろどろとした感情が読み取れぬ程付き合いは短くない。あそこまであの男が歪むのを止められなかったのは、己ともう一人の腐れ縁の責だろう。…最も、その腐れ縁がしたことが原因で銀時はああなったのだろうが。
のらりくらりとしていながら、誰よりも情の厚い男であることは知っていた。そんな男が高杉のしたことを知ればどうなるかなど分かっていただろうに。
外からの光が差す出口を見つけ、そこへ走る。歩調を緩め、自分を待っていた男へと歩み寄った。狭いスペースしか無いが、二人で話し合うだけならこれで十分だろう。話し合いだけで済むなら、だが。

「よおヅラ、あれ見ろよ、あのチビがまた馬鹿してるぜ」
「ヅラじゃない桂だ」
「相変わらず細けぇな、そんなんじゃ禿げるぞ」
「禿げんわフサフサだ。まあそんなことはどうでもいい。高杉とやり合っているあの男…岡田似蔵といったか、あのまま放っておくつもりか?」

船の最上部で激しく打ち合う高杉と似蔵を見つけ、顔を顰めた。もはや人の限界を超えている動きに似蔵の身体は長く持たないだろう。

「ん?楽しそうにやり合ってるんだからいいんじゃねーの」
「このまま続ければあの男は死ぬぞ」
「あいつが望んでやってる事だろ?オレが邪魔する理由は無ぇよ」
「…あれも貴様の仲間だろう、何とも思わんのか」

その言葉に、銀時は首を傾げながら微笑んだ。その表情が、自分の知る「坂田銀時」とあまりにもかけ離れていて、ぞわりと寒気がする。

「あれは鬼兵隊じゃねーだろ?」

その言葉を聞けば、鬼兵隊の者なら似蔵の身の行く末を知っただろう。ああ、岡田似蔵は坂田銀時にとって「外側」の人間なのだと。だが生憎桂は鬼兵隊の者ではない。その言葉の意味を理解しきれず眉間に皺を寄せた。

「何を…」
「あいつは勝手に紅桜を持ち出した。そのおかげで鬼兵隊は今や桂一派と交戦中ってな…余計なことしてくれるぜ全く」
「俺を斬ったのはあれの独断であって鬼兵隊の総意では無いと?例えそうであっても紅桜を持つ以上、俺はお前を止めただろうさ」
「俺としてはお前とやり合うつもりはなかったんだけどな、面倒だし」

そう言って肩をすくめて見せると、銀時は上に入る二人に視線を戻した。

「ま、どっちにしろ似蔵じゃ高杉には届かねーよ」












…おかしい。
紅桜を目の前の男に叩きこむ度に、心を掻き毟るような焦燥を感じる。
おかしいおかしいおかしい!
俺の方が今のお前より余程強いはずなのに。紅桜はこの男を上回っているはずなのに!
焦りから、剣筋がどんどんと乱れていく。
ああ、目障りだ、消してやる消してやる消してやる。




「馬鹿な、紅桜が押されている…!?」

己が魂を、一生をかけて打った刀。もはや純粋に刀と呼べる代物ではないかもしれない。だがその剣は間違いなく父親の打った刀よりも優れている自信があった。
もはや似蔵の自我は消えかけ、その身は紅桜と一体となり剣そのものとなっているだろう。そうなればアレを止められる者はいないはずなのに。
似蔵に相対する男は手負いだったはずなのに、どんどんとその動きをしなやかに、力強く変えていく。まさかあの男、この打ち合いの中で、身体に眠る戦いの記憶を呼び覚ましたのか。
あれが高杉晋助。鬼兵隊を作った男か。
なればこそ、その伝説を倒してこそ、紅桜は完成する。



消えない、消えナイ、きえナイ、キえナイキエなイキエナイ。
消してヤル消しテヤルケシテヤル!!!!!



















ずどん、と響いた音に、船内で交戦していた四人は一瞬戦いの手を止め音の発生源に目を向けた。
天井をぶち抜き上から落ちてきたそれは、もはや人と呼ぶことを躊躇う程に異形と化した似蔵であった。ぶくりと不格好に変形した身体からは無数の触手が生え、床に根を張っている。

「高杉さん!」
「晋ちゃん!」

その触手の一部に良く知る男が絡めとられているのを見つけ、神楽と新八は叫んだ。
意識を失っているらしい高杉は、その首をぎりぎりと触手に絞めつけられている。みるみるうちに顔が青くなっていくのを見て、高杉の元へと走り出す。
一方また子と武市は、こうなることを予期していたのか、似蔵を見て顔を顰めた。

「やはりこうなりましたか」
「似蔵のやつ…」

舌打ちした瞬間、触手が二人へと襲い掛かる。どうやら敵と味方の区別もついていないようだ。
また子は間一髪でそれを避けたが、武市は避けきれなかったらしく勢いよく壁に叩き付けられる。

「だからこういうの…苦手なんだってば…」

ゴフッ、と血を吐きながら武市が頽れた。

「武市先輩!」

意識を失った武市に視線を向けると、その隙を狙うかのようにまた子にも触手が襲い掛かる。避けきれない、と悟り銃弾を撃ち込むも止まらず。そのまま同じように壁へと叩き付けられた。白い靄が視界を覆っていき、意識が薄れていく。

「ぎん、とき…さま……」

どうかご無事で。
そう祈りながらまた子は意識を手放した。






高杉を捉えるのとは別の、紅桜を持った触手が高杉に狙いを定める。このままでは、と神楽と新八が焦った時、上から刀を持った少女が飛び降りた。

「っ死なせない、こいつは死なせない!これ以上その剣で、人は死なせない!」

バチバチと火花を放ち、苦悶の声を上げる似蔵に、神楽と新八が飛びかかる。

「うおおおおおお!」
「デカブツぅ!その包帯グルグル男を!」
「「離せェ!!!」」

三方からの攻撃に、もはや人のものとは思えない咆哮を上げて似蔵が悶え苦しむ。振り回される巨体に必死でしがみ付くも、力が弱まった一瞬に鉄子が振りほどかれる。
床に放り出された身体に紅桜が迫り、もはやこれまでか、と鉄子が目をぎゅうと瞑る。
しかしいつまで経っても襲ってこない痛みに恐る恐る目を開けると、目の前には真っ赤に染まった兄がいた。

「兄者…?兄者…!!」

信じたくない光景に悲鳴を上げる。その背に迫る刃に気付かずに。
刃がその鉄子の身に届かんとする時、目覚めた男は刀を一閃させた。

血しぶきをあげ苦しむ似蔵。そして怪我を抑えながらも立ち上がった高杉。

「高杉さん!」
「晋ちゃん!」

自分を呼ぶ声に一度視線を向け、安心したような顔の二人を確認し、次に兄妹を見やる。
最後の最後で妹を捨てられなかったと言う男。
それはきっと間違ってなどいない。

「ただ背負うことから逃げただけだろうが、テメェは」

その言葉は鉄也に向けたものか、それとも。

「テメェの言う余計なモンが、どれだけの力を持つか、よく見てろ」

自分が言えたことでは無いだろうが、と僅かに自嘲を滲ませた。
そして、最後の一閃。






似蔵を切り伏せて役目を終えた刃は折れた。そして、稀代の刀工を夢見た男は最後に妹を選び、ただの兄として静かに眠りについた。
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