企画

□白鬼は嗤う〜第二章〜
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似蔵をなんとか倒したはいいものの、病み上がりの身体に鞭打って無茶した代償か足元はもうふらふらだった。
まずは此処から離れなければ、と一歩踏み出したものの力ががくんと抜け落ち、ああこりゃ倒れるなと頭の中の冷静な部分が判断した。受け身を、と意識する前に、腕を両側から掴まれ床とハグする羽目にならずに済んだ。

「どんだけ無茶すれば済むんですかアンタ!」
「そうネ!病人は布団で大人しくしとくヨロシ」
「オイオイ、あんだけ張り切って仕事した社長にその言い草は無ェだろうが」
「だとしてもそんな身体じゃ暫くは仕事できないじゃないですか、プラマイゼロです」
「怪我が治ったらヅラだけじゃなくて晋ちゃんも神楽様に酢昆布献上するアル」

両脇からの容赦無い言葉にもはや苦笑するしかない。元はといえばこの騒動に巻き込む原因となったのは高杉のため、甘んじてお説教を受けながら出口に向かって歩みを進める。無理のない速さで進んでいることから、相当心配をかけたことを痛感せざるを得ない。これは帰ったら相当絞られるのだろうな、と覚悟を決めながら、少し離れて後ろを歩く鉄子に意識をやった。
ただ一人の家族を失った彼女にかけるべき言葉を高杉は持ち合わせていない。兄を止めてくれと頼まれたとはいえ、彼が命を落とす一因となったのは自分であることは間違いなかった。以前似蔵とのいざこざを中途半端な状態にしていなければ。銀時がああなっていなければ。数々のああしていれば、は挙げることができてもその選択をすることはもはやできない。できることがあるとすれば彼女の選択を受け止めることだけだろう。
似蔵を倒した後、この場から離れようと言ったのは鉄子だった。兄を抱きしめてひとしきり泣いた後、彼の瞼をそっと下した鉄子は一度強く目を閉じると、離れがたいと叫ぶ心を振り切るようにして立ち上がり、高杉達を急かした。既にあちこちにガタがきているこの船はいつ墜落してもおかしくない。そうしてその場を離れたが、鉄子は一度も振り返らなかった。強い女だと、そう思った。自分はどうだっただろうか、と考えるまでも無かった。だからこうなっているんじゃないか、と誰かが哂った気がした。何もかもを取りこぼした自分が今は誰かの大切な者を守ろうとしている。滑稽だな、と自嘲しながらも、一度踏み出した足を止めることは無かった。今までも、これからもきっとそうなのだろう。だからこそ、もう奴と道を同じくすることどころか交わることさえも、きっと。

「そろそろ出られそうですよ!」
「外もずいぶん喧しいこった」
「ヅラの子分がヅラ助けに来てるアル」
「ヅラ…?」

独特すぎる呼称に困惑する鉄子に、行きに乗ってきた船の乗員たちの頭の馬鹿だと伝えれば、何故そんな呼び名がついているのか理解したらしい。
此処から抜け出すのにはあの船に相乗りする以外の方法は無い。そこらへんの奴にさっさと声をかけて此処から引かせなければならない。桂がいりゃ一声で動くだろうに、と考えたそばからその男を発見した。

「よォヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」

瓦礫で閉ざされた通路を蹴破って甲板へと戻ってきた桂は自分が知る限り最悪の状態といえるほど機嫌が悪い。普段散々礼儀だの作法だのに煩い男の足癖が悪い時は相当きてる時だ。いつもの長髪は見る影もなく、見慣れない短髪姿も相まってもはや見る者が見れば別人だと疑うだろう。

「どーしたその頭、失恋でもしたか?」
「黙れ」

ぎろりと高杉に鋭い視線をよこした桂だったが、新八と神楽を目に留めると、ひとつため息を吐いていつもの顔に戻った。ただの子供にあの状態の桂を見せるのはよろしくないという判断だろう。普段がアレだが、キレた時に一番おっかないのはこの男だ。

「ただのイメチェンだ。そういう貴様は爆撃でもされたのか」
「うるせェ、イメチェンだ」
「どんなイメチェンだ」

軽口を叩いてはいるが、隠しきれない苛立ちをこちらにぶつけているのは流石に気付いた。周りには悟らせずに高杉ただ一人にそれをぶつけてくるのは器用なもんだな、と変なところに関心した。桂一派の攘夷浪士達に指示を求められた桂は撤退を命じ、しかし!と言い募る男たちにそれらしい説明をして納得させた。しかしこれが部下を守ろうとかそういう殊勝な考えからくるものではないだろうことは高杉だけが察していた。

「退路は俺とこの男が死守する」
「お前らもとっとと行け」
「でも!」
「晋ちゃん!」

この場に残ろうと言い募る子供達を説得してる時間は無い。いつの間にか船に押し寄せていた天人達が前方からにじり寄る中、桂に目配せすると白いバケモノ…エリザベスが子供達を両脇に担いで脱出用の船へと駆けていった。
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