企画

□白鬼は嗤う〜第二章〜
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沖田隊長に言われるがまま現場を後にしたが、やはり残るべきだっただろう。
結局死体の身元は確認できず、顔を見ることさえままならなかった。
現場にいた時間など、ものの数分。
あれで現場検証というのだろうか。
(僕を被害者に近寄らせないため…?)
そんな考えに思い至ったが、考え過ぎだろう。
しかし、今回の件は面倒なことになったものだ。
岡田さんも全く余計な真似をしてくれる。
まあそのおかげで銀時さんの手料理にありつけるのが早まったのだけれど。

今回の辻斬りの被害者は桂さんかもしれないという知らせは、辻斬りが昨晩現れてすぐに手に入った。何故そんなことをしたのかなど、僕には知る由もない。そもそも彼に自分の存在を知られているのかも謎である。今この服に身を包んでいるから、僕も斬られるかもしれないなぁと、前を行く沖田さんの背を見ながら思った。
思ってたよりも入り込むのはチョロかった、というのが正直な感想。スパイが入り込むとかそういうことは考えないのだろうか。
簡単な入隊審査はあったが、それだけ。隊士を信頼できずにいては隊の結束は図れないということかもしれない。噂に聞いていた局長のイメージと実際に自分の目で見た局長とのイメージに大して変わりはない。底抜けに明るくて包容力があり、好感を持てる豪快な男。隊士達に接する時に垣間見えるその暖かさはとても好ましいもの。
ただし、それが自分にとってもそうかと言われれば答えは否だが。自分は所謂影だ。銀時さんという大きな存在の影。あの時から、彼以外の影であることはやめた。彼の望むことを叶えるのが影たる自分の役目であり本望。人は罪滅ぼしとも呼ぶかもしれないが。彼が望むのならば、それが茨の道であろうと、その先に道は無かろうとついていくだけだ。
(影といえば、)
真選組にも似たような存在がいる。副長として隊を引き締めるだけでなく、真選組を裏切るような真似をした者は内々のうちに葬る。近藤という太陽を陰らせない為に動く男。ただ彼も自分とは少し違う。彼は影になりきることはできない。彼自身がどう思っているかは知らないが、正真正銘彼は日の当たる場所で生きる人間だ。反対に僕は一度として光の下で生きたことはない。根本から彼と自分は違うのだろう。

あの日、光の下へ送り出そうとしてくれた僕の背を押すその手を僕は離さなかった。彼こそが日の光の元で生きるべき存在であるにも関わらず彼は自分からその場所を捨てた。たった一人で行かせるものかと、半ば無理やりに僕はその手を手繰り寄せて陰に舞い戻った。その手が震えていることに気づいたのはこの世界できっと僕だけなのだろう。本人さえも気づいていないであろうその気持ちを知っているのは。理解を示してくれる人などいない修羅の道を彼が選んだのなら、どこまでだって御供しましょう、あなたの命が尽きるその時まで。陰の中にあってもあなたの影として。あなたが自分自身を見失ってしまわぬように。
その為ならば、何だって欺いて見せましょう。
目の前を行く自分より少し小さな背を見ながら笑った。

「隊長、これからどこに行かれるんですか?」
「俺の一番気に入ってる茶店」
「仕事しましょうよ…」
「団子一本奢ってやるから一日くらい付き合ってくれてもいいだろィ、どうせ辻斬りが出るのは夜なんだ」
「辻斬り逮捕だけが仕事じゃないですよ」
「俺は今辻斬り逮捕に向けた特別班にいるんでィ、隊員募集中」
「…要するに他の仕事はサボリと」
「まぁぶっちゃけると」

本当にぶっちゃけたなこの人。白い目を向けても何のそのなメンタルの強さはどこから来るのだろう。けれどぶっちゃけてしまえば僕の本来の仕事も一つだけであって今は遂行不可能。それならサボった所で問題は無い。副長殿には目をつけられてしまうかもしれないが。少しばかり動き難くなるかもしれないがそれ位で止められる僕ではない。

「じゃあ、お言葉に甘えて」
「賢い選択ですねィ、まぁそんなこんな言ってる内に着いたけど」

ほれ、と指差す先に視線を向けると確かに茶屋の看板。そして店先に置かれた椅子にはどうにも見知った顔がいた。

「あ、旦那だ」
「お…お知り合いですか?」
「こないだ一緒に団子食った仲でさァ、おーい旦那ー」

ぶんぶんと振られた手と呼びかけに反応してこちらに顔を向けたその人の顔は妙に見覚えがある。…というよりもさっきまで考え事の中でシリアス匂プンプンさせてた人である。僕のシリアスフラグ返してください。団子にかぶりつこうとした間抜け面のままこちらを向いた銀時さんは中々に滑稽なものだからもうフラグは粉々ですよええ。向こうも僕に気づいたらしく、一瞬目を瞬かせたがすぐにへらりと笑ってみせる。

「よお総一郎君お久ー」
「どうも、お久しぶりでさァ」
「そっちのは部下?」
「どうも初めまして、黒野といいます」
「総一郎君部下の躾ちゃんとしてるねぇ、俺んとことは大違いだわ」

そう言って笑う銀時さん。
なんて茶番、少なからずそう思っているのは僕だけでは無いだろう。非常に分かりにくい銀時さんの作り笑い。久々に見るそれは自分に向けられた訳では無いが、その奥に潜む物を知っているからこそ恐ろしい。一体いつの間に真選組一番隊隊長とコネクションを持ったのやら。相変わらず底知れないお人だ。

「今度は餡子ですかィ」
「ここ良い店だよな、何頼んでも美味い」
「じゃあ俺はみたらしにしやすかね」
「じゃあ僕もそれで」

はいよ、と愛想良く返事をした店主が店の中へと入っていく。みたらし特有の匂いが風に乗って外まで届く。確かにこれは銀時さんのお気に入りになりそうだ。銀時さんの隣に沖田さん、そしてその隣に僕という構図で椅子に腰掛け、団子の前にと持ってきて貰ったお茶を啜る。

「江戸にはまた仕事で?」
「まぁ、部下の尻拭いというか何というか」
「お互い上司ってのは大変ですねぇ」
「でも総一郎君には黒野君みたいな有能そうな部下がいていいじゃないの」

意味ありげな視線を寄越してくる銀時さんに、曖昧な笑みを返す。全くこの人も人が悪い。


「面倒な時に仕事を押し付けられる部下がいて助かりまさァ」
「総一郎君が俺の上司じゃなくて良かったと心底思うよ」
「そりゃどーも。あ、ばーさんサンキュ」

たっぷりとたれのかかった団子を沖田さんが受け取り、その内の一本を貰った。礼を言ってかぶりつくとふわりと醤油の香りが広がる。団子なんていつぶりだろうか。

「おいしいですねぇ」
「だろー?俺のお気に入りなんだよね、お土産に貰うならこれがいい」
「旦那も分かってますね」
「それほどでも」

どんな成り行きでこんなに親しくなったのやら。その会話はとても楽しそうで、これが真選組随一の剣の使い手である幹部と悪名高き攘夷浪士の会話だなんて誰が想像するだろうか。最も当事者も知らないことだけれど。一人は知っててこんなことをしているのだからもう手に負えないタチの悪さだ。

「今日の晩飯どうすっかなぁ…」
「自炊なんですかィ?」
「まぁな。黒野君なんか案ある?」
「うーん…肉じゃがとかですかね」
「いいねぇ、そうするわ」

にや、と笑って最後の一本の団子にかぶりつき、いっぺんに串から引き抜いた銀時さんは残っていたお茶を飲み干して立ち上がった。その間わずか数秒。甘い物に関しては底なしの胃袋だ。ばーちゃんお勘定、と財布を取り出したがそれは多分自身の物ではないのだろう。
その証にその財布には紙幣が沢山つまっている。この間お小遣い制が厳しいとかぼやいてたから多分万斉さん辺りからくすねたきたのだと思われる。

「んじゃ、夕飯の食材でも買いに行きますかね」
「もう行っちまうんですかぃ」
「俺も中々忙しい身でね。またな二人共」
「ええ、また」

ひらひらと手を振り去っていく背中を見ながら残った茶を啜った。確かにおいしい団子だし、リクエストされたことには手土産に持っていくべきなのだろう。後で包んで貰わねば。

「沖田隊長、僕はこの後別仕事が入っているのでここらへんで失礼します」
「仕事熱心なこって。俺も自主休憩してから帰るんで、近藤さんには言っときまさぁ」
「ありがとうございます」

肉じゃがのリクエストも通った訳だし、おいしい夕飯をご馳走になる為にも、帰るまでに一仕事しなければ。



「さて、お仕事お仕事」



 
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