企画

□白鬼は嗤う〜第二章〜
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一方その頃。




ヅラを探し回ってはや三刻。日もすっかり暮れてしまった。いそうなところは隈なく探したけれどどこにもその姿は無かった。
もう他に桂がいそうなアテも無く、目についた所から回っていたら万事屋から随分離れた所まで来てしまった。
海の近くの港な所為か少し定春の毛がパサパサとしている。

「定春、帰るアルよーそろそろ帰らないと晋ちゃんが心配…はしそうに無いアルな」

一人だけ逃げてった男の顔を思い出してイラっとした。
もう帰ったら家にある酒全部ババアに売ってやるネ。
決意固く定春を呼んだが一歩もそこを動かない。

「定春?」

鼻を突き出して辺りの匂いを嗅いで、一つ吠える。
尻尾を振りながら真ん丸い目が見つめる先にあるのは大きな船。
多分、定春の鼻に間違いは無い。

「あそこにヅラがいるアルか…?」

「わん!」

返事をするように吠え、首を縦に振る定春。
間違い無くヅラはあそこにいる。
そう確信して、ポケットから紙と小さなペンを取り出した。
あまり記憶力と画力に自信がある方では無いけど、要は肝心なことだけ伝わればいい。
もし私がヅラを見つけられなくても、地図を見て晋ちゃんが来てくれればきっとなんとかなる。
書き終わったそれを定春に預けて頭を撫でた。

「これをちゃんと万事屋に届けるんだヨ?」

頼むネ、と言うと定春は一際力強く吠え、走り去って行った。
賢い子だからきっと大丈夫だろうと思いつつ、その背中に声をかけてから傘を肩に担いだ。

「よし、いくか」





















「おい」

ガチャ、と耳元で嫌な音がした。
後頭部に突き付けられたそれは恐らく銃口だろう。

「お前、この船の船員アルか」

背後を取られるとは不覚、なんてことは思わない。
鼠、いや、兎が一匹入り込んでいるのにはすぐに気づいた。
面白そうだったから放っておいたが、まさか真っ先に俺の所に来るとは思わなかった。
船首で煙管吹かしてれば、そりゃあ目に付くだろうけど。
奴の所為で始めてしまった喫煙習慣。
なんとなく甘い香りを放つこれを手放せなくなってからはずっと愛用しているそれ。
今日もよく手に馴染む。

「聞いてるアルか、」

僅かに苛立ったような声と共に頭に突き付けられた銃口が強く押し付けられる。
だがこの少女は本当に引き金を引けるのやら。
多分この子にはまだ無理だろう。
この子供からは嫌になるほど嗅ぎ慣れた匂いは殆どしない。
(まあ、殺気は十分ってとこか)

「今夜はまたでけぇ月が出てるな」

質問の答えではない言葉。
どうやら俺は少しばかりこの状況を楽しんでいるらしい。

「かぐや姫でも降りてくるかと思いきや、降りてきたのは兎だったみてえだな」

振り返ってにや、と笑ってやると僅かに青い目を見張った少女。
奴の真似事のような台詞を口にしてやると眼前の銃口が揺れた。
その動揺は、同居人のような話し方に対してか、自分の種族を知られていることに対してか。
人より白い肌に番傘。
やはり夜の兎でしたかお嬢さん。
そんな言葉を吐いてやろうかと思ったがこれ以上は流石に恥ずかしいので止めておく。
あの厨二野郎はなんの臆面もなくこういう台詞を吐けるのだなと変な所で感心した。
煙を細く吐き出した所で、気を取り直して傘を持つ手に力を入れた少女だが、少し遅かったようだ。

「うおおおおおおおお!!」

なんて高いとこから飛び降りてるの危ないでしょうが。
俺に意識が向いていた為夜兎の少女は背後から迫るまた子に気づくのが少し遅れる。
その一瞬が命運を分けた。
二丁の拳銃を突き付けながら少女に跨がるまた子と、倒れながらも番傘の銃口をまた子に突き付ける少女。
双方武器を相手に向けてはいるが、体勢的にまた子の方が優位。
そして本来の目的は俺に向けられた銃口を逸らす事だったから十分な働きだろう。
まあもう少し位自分の命も大事にしてくれてもいいんだが。

「何者だ!銀時様の命を狙うとはとんだ不届き者っス…銃をどけろ、この来島また子の早撃ちに勝てると思ってるんスか?」

「また子股見えてるヨ、染み付きパンツが丸見えネ」

ニヤァ、と嫌な笑いを見せる少女。
随分気の強いというかなんというか。
思わず吹き出しかけるのをまた子の手前堪える。

「甘いな、注意を逸らすつもりか?…そんなこと絶対無いもん!毎日取り替えてるもん!」

「やーいまた子の股はシミだらけー」

気にせずに銃を構え続けてるかと思ったらどうやらクリティカルヒットだったらしい、顔を真っ赤にしたまた子と更に嫌味な笑顔を作る少女。
なんというか不思議な光景だ。

「貴様ぁ、これ以上銀時様の前で愚弄することは許さないっス!」

「俺は別にまた子ちゃんのパンツが染み付きだろうと何だろうと別に…」

「銀時様あああ信じないでください!!いや本当、違いますから目合わせてください!うわっ!?」

俺が余計な事を言ってからかってしまった所為で隙ができてしまったのに目敏く気づいた少女がまた子の顎を蹴り上げそのまま起き上がり逃げていく。

「あららー…」

「何でそんな暢気なんスか!クソっ、武市先輩そっちっス!」

途端少女をスポットライトが照らし出す。
光に群がるようにわらわらと刀を持つ部下達が現れ囲んでいく。
餓鬼相手にこういうのはあんまり好きじゃないんだが、今回は遊んでしまったのであまり文句は言えない。
むしろ後で俺の方がまた子に何か言われそうだ。
ライトの横に立つ武市は何だか楽しいそうだったりする。あのロリコンめ。

「皆さん、女子供に手をあげたとあっては侍の名が廃れます…生かしたまま捕らえるのです」

「何生ぬるいこと言ってるんスか武市変態!」

「変態じゃあないフェミニストです」

二人が言い争う間に少女が部下達を蹴散らしていく。
あらまあ子供相手になんつー様。

「もう一遍鍛え直しだな…」

煙管を再び咥えて月を見上げた。
あとは彼奴等がどうにかするだろう。
背後で響く銃声。
もうそちらに興味は無い。
なんにせよ、アレを見てしまったなら帰せないだろう。
白い煙が冷たい海風に揺れて消えていく。


prrrrrrr……


場違いな呼び出し音。
後ろで未だ戦闘が続く中、それを耳に押し当てた。

「…もしもーし。ああ、分かってるって、ちゃんと作ったっつの。は?後ろが五月蝿い?気にすんな、お前が来る頃には終わってるから、さ」




   
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