企画

□白鬼は嗤う〜第二章〜
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遡ること半日前。








鼻を擽る匂いを辿って薄暗い廊下を一人歩く。
他の誰かがいたところで自分の存在に気づかれることは無いのだろうけど。

通り過ぎる部屋を一つずつ覗いて来たがどこにも目当ての人物はいなかった。
ならば彼の自室だろうかと向かってみたが、そこも蛻の殻。
自分が来ることは伝えたものの、歓迎してやろうとは言われなかったことを思い出して暫し考えた結果が匂いを辿る、だった訳だが。
いつも畳の上でごろごろと寝そべっている部屋にもいないとなると残るは一ヶ所だろう。
段々と強くなる匂いに腹が悲鳴をあげた。
昼間の団子以降何も食べていないから当たり前といえば当たり前。
これでも一応ちゃんと仕事してるんですよ、と誰に言うでも無く呟いてみたらタイミングよくひょこりと白い頭が廊下沿いの部屋から覗いた。
おたまと割烹着で完全装備の銀時さんがにへらと笑って手を振ってくる。

「おかえり黒ちゃーん」

「ただいま帰りました、まあ半日ぶりですけどね」

「あの時はどうも、真選組の黒野君」

「こちらこそ、沖田隊長のお友達さん」

「…万斉君には秘密でお願いします」

顔の前で手を合わせた銀時さんに苦笑しながら横を通って台所に侵入。
並んだ皿の豪華さに思わず歓声がもれた。

「これだけ作って貰えれば口止め料としては十分すぎるくらいですよ。という訳でこれで差し引きゼロってことで」

「まさか…!」

「お団子ですよ、よもぎの」

「黒子野君愛してる!!」

わーいとかなんとか歓声を上げながら土産に持ってきた団子の入った包みとお玉を持ってくるくると回る銀時さん。
なんともシュールな絵面だなあと関心しつつ棚から数枚の皿と茶碗を取り出す。
つやつやと光るご飯を自分でよそっていると団子の舞を終えたらしい銀時さんも上機嫌のまま煮物や汁物をよそい始める。
ほくほくと湯気の登る肉じゃがは予想通り僕の胃を満たしてくれそうである。
この人の作るもので満足しなかったことなど無いけれど。
二人分の食事を盆に乗せて、銀時さんが何時もより楽しげに僕の前を歩いていくのについていく。
その軽い足取りに、ほんの少しの違和感。
先程電話口の向こう側で銃声が響いたのは僕の勘違いでもなんでもない。
事実高杉さんと共に暮らしている夜兎の少女がここに乗り込んで行ったらしいのは既に知っている。
真選組の黒野としてのお仕事中に知ったのだが、止めることはしなかった。
ちなみに僕が高杉さんの現在の状況やら住まいやら家族構成やらを知っているのは勿論あっちには気づかれていない。
気づかれていたらきっと僕はもうこの世にはいないだろうし。
話が逸れたが、つまり銃撃戦があったのはつい半刻程前の事。
けれど今の銀時さんを見ていてもそんな事があったようには到底見えない。
けれどどこか、分かる者には分かるだろう違和感。
昔から感情を隠すのが得意で周りをやきもきさせていた彼だが、ここ数年で偽ることすらも身につけてしまった。
嘘を本当と思い込める程には完璧なそれ。
大抵それは周りを欺く為では無く自分自身の痛みを欺く為に使われる。
それに気づいても、僕達が彼の本心に触れることができない以上彼の傷口を癒すこともできやしない。
今もどこまで自分を偽っているんだろう。
彼の違和感に気づいた所で何を嘯いて隠しているのかまでは気づけない。
だから僕は騙されているフリをして。
彼の嘘を見抜けるのなんて、きっともうあの3人位だろう。
どれだけ離れていようと根っこは変わらない人達。
今一番この人の側にいるのは僕のはずなのに、僕にはできないそれを軽々とやってみせるんだろう。
ああ、なんてままならない。

「悪いけど襖開けてくれね?両手ふさがっててさ」

「いえいえ、至らなくてすみません」

すい、と襖を開けるとわりーな、と銀時さんが部屋に入ろうと一歩踏み出しかけた所でその足がピタリと止まった。
不審に思い部屋を覗くと、黒いグラス越しに懐かしい人と目があった。
あ、という間抜けな自分の声と、おっ!という明るい声。

「久しぶりじゃの金時ィ!…と白子君じゃったか?いや、確かバスケしちょった黒…」

「それ以上言うんじゃねぇクソモジャァァァァ!!」

それギリギリアウト!と叫びながら銀時さんが足を振り上げた。
ひでぶっ、と銀時さんに見事な蹴りを入れられたクソモジャこと坂本さん、重力に従って落ちるお盆、あっけなく零れる夕食達。
それらが全て宙を舞い畳に落ちるまで、僅か五秒のことだった。




どうしてこうも僕のシリアスシーンは毎回ぶち壊されるのだろう。
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