企画
□白鬼は嗤う〜第二章〜
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「すまんかったのー玄野君、金時」
「玄野じゃないです黒子野です」
「金じゃなくて銀だっつってんだろ絞めるぞ」
「銀時さんもう実行に移してますよね、坂本さんの顔真っ青ですよ」
容赦なくヘッドロックをかます銀時さんを一応止めつつも、部屋の惨状に思わず手を合わせた。
ほかほかと湯気を立てていた夕食達は無残にも畳の上にぶちまけられている。
確かにあのまま坂本さんの台詞が続いていればいろんな意味で危険だったが、だからって何の罪も無い僕の(口に入るはずだった)肉じゃがを犠牲にすることはなかったんじゃないかとも思わずにはいられない。
なまじ楽しみにしていただけ悲しみも大きい。坂本さん許すまじという所まであと一歩だ。食べ物の恨みって恐ろしい。
「金時ギブ…!」
「うるせぇ黙ってろ糞モジャ!つーか何でここに居んだテメェは!」
真っ白になっている顔色に流石に哀れに思ったのか銀時さんが解放してやると、何度か咳き込んだ後、けろっとした顔で言ってのけた。
「そりゃあ金時君に会いに」
「帰れ」
「しばらく会っちゃーせん友人にそりゃ無いろう」
「人ん家に無断侵入する奴を友人とは呼ばねぇ、人はそれを不審者と呼ぶ」
「玄関が無かったから窓から入ったまでじゃ」
あはは、と笑う坂本さんの後頭部に拳骨が落とされる。
随分痛そうな音がしたが、聞かなかったことにした。
窓から入ったとは言ったものの靴は脱いで入ったらしく、それが無ければ多分今の一撃はより重いものになっていたことだろう。
「なんにせよ久々に懐かしい顔が見れて嬉しいぜよ」
「お前も変わらないアホ面でなによりだよ」
「酷いのう、口の悪さも相変わらずじゃな」
「また殴られたいんですか坂本さん」
「いやもう勘弁。金時ー料理の腕も変わっとらんのか?わしも食べたいのう、第二のお袋の味」
「誰がお袋だ」
大きく一つ息を吐いて、頭をガシガシと掻いた銀時さんが諦めたように僕とちらりと見た。
何となく言いたいことは分かったので頷いてみせると、少しだけ表情が緩んだ。
「暫くこの馬鹿の相手頼むわ」
「承知しました、美味しい夕飯お願いしますよ?」
「頼むぜよー」
「誰が作ると思ってんだ」
ニィ、と笑って部屋を後にする背中を見送る。元々僕の分を部屋に置いた後一度他の奴等に差し入れしに行く予定だったらしいから、帰りは坂本さんが思うより遅くなるということだろう。多分先程の視線に込められたのはそんな意味合いのこと。
それを読み取れたことに、少しだけ優越感を持ったのは秘密だ。
それに付け加えもう一つ。
「とりあえず、片付けましょうか」
「…そうじゃの」
この惨状をなんとかしろ、とのお達しだった。
「一応片付きましたね」
「終わったのう」
「…で、坂本さんは今日はどんなご用件で?」
「ん?久々に金時の顔ば見たい思うてな」
にこにこ、屈託の無い笑顔で頭を掻く坂本さん。
だが、それだけでこのタイミングに此処を訪れるとは考えがたい。
あとはただのこの人の元戦友の一人としての勘。
たぶん外れてはいないだろう。
「それだけでしたら、もっと早いうちにいらしたでしょう、あなたなら」
「…げにまっこと容赦無いぜよ」
頭を掻きながら目を細める坂本さんの方こそ容赦が無いと思うのだが。
まるでライオンの前に投げ出された草食動物のような気分だ。
鋭い眼差しは言い逃れなど許さないとばかりに僕を射抜く。
僕の持つ秘密を一欠片でさえ残さず拾いあげようと。
「わしが宇宙(そら)に行ってから、おんしらに何があったんじゃ」
「…秘密の守り人は一人だけで十分です」
「黒子野…!」
「…そう言えたら、良かったんですけどね」
それが彼等を陥れようとする者だったら、容赦なく切り捨てられた。
以前だったら、そうで無かったとしても取り合いはしなかった。
それが鬼兵隊隊士最後の生き残りとしての矜持だったから。
彼等の残した全てを背負い、鬼と呼ばれた二人をこの世界で守りきる為に。
だが、そんな誓いとは裏腹に世界は二人にとって優しいものではなく。
彼等の幸せを願った僕等の思いは、砕かれ、複雑に絡み合い、固く解けない誤解と憎しみとを生んだ。
無理に解けばぷつりと切れかねないからこそ、慎重にその術を探したが、見つけることも叶わず事態はここまできてしまった。
引くも進むも、叶わない崖の縁。
今僕ができるのは一人暗闇を行く孤独な白鬼の後ろに居続けることだけ。
彼の隣に在ることも、彼を暗闇から掬い上げることもできない。
もし、この人が銀時さんを…いや、二人を救う為の一歩になるのなら。
暗い世界に指す一筋の光のようなこの人に賭けてみようと思った。
「坂本さん、これを」
「こりゃあ…?」
「明日、この場所で。あなたに鬼兵隊の全てをお話します。僕達に起こった、全てを」
これで何か変わるんじゃないかと。
泣くこともできない鬼にせめて一つの拠り所ができるんじゃないか。
そんな期待を持っていたこの時の僕は、襖の向こうにいた彼に気付けなかった。
…これが銀時さんを、誰の手も届かない更に暗い闇に突き落としてしまうことになると、気づけずに。