企画
□白鬼は嗤う〜第二章〜
9ページ/18ページ
はっきりとしない意識のままに目を開くと見慣れた天井があった。
「…夢か」
夢の中で貫かれた腹に手をやると、鋭い痛みが走った。
傷は夢ではなかったことに思わず舌打ちが漏れる。
似蔵にやられたモノだったが、それが先程の銀時と被る。
自分の想像の産物でしかない筈の光景がどうにも自分をかき乱した。
自分のしてきた事に後悔は無いとは言いきれない。
だが自分の選択を間違えたと思ったことは無い。
それがたとえ今の状況を生み出していたとしても。
自分が蒔いた種は自分で摘むまでの話だ。
なんてことはない。
そのはずだ、と言い聞かせている自分がいることに気づきながらもその事実からは目を逸らした。
痛む体に鞭打って起き上がり、枕元に置いてあった着流しに着替えて木刀を差す。
自室を出ると、台所の方から焦げた匂いが漂ってきた。
何となく嫌な予感がしつつも匂いの元へと行ってみると案の定新八の姉によって可哀想な卵焼き、もとい暗黒物質が製造されていた。
「あら、起きちゃったんですか?駄目じゃないの怪我人は寝てなきゃ」
「台詞と行動が合ってねえよ」
「看病してくれって新ちゃんに頼まれたんですもの」
「看病する奴は薙刀なんざ使わねェ」
「こうでもしないとちょこまか動いちゃうでしょう」
笑いながら薙刀を首筋に当ててくる恐ろしい女。
新八の奴、余計なことをしてくれたもんだ。
似蔵が未だ捕まらない今、ただ指を咥えて見ている訳にもいかない。
腹をぶち抜かれたその時、奴は銀時の名を口にした。
その繋がりが決して良いモノでは無いことは確か。
似蔵だけならば他の奴でもどうにかなったかもしれないが、銀時が関わっているとなれば話は別だ。
アレは俺達でなければ止められない。
他二人の内一人は宇宙の何処にいるのやら、もう一人は行方も生死も不明の今、俺が動く他無い。
「悪ィがジッとしてる訳にもいかねェんでな」
「力づくでも止めますよ」
まっすぐと見つめてくる目から目を逸らさずにいるまま、無言の攻防が続いた。
埒があかないかと渋々腰に手を伸ばす。
手を上げたくはないが、そうも言っていられない状況だ。
一瞬の隙を作り薙刀から逃れられればそれでいい。
悪いなと心の中で詫びを入れて木刀を握ったその時、間の抜けた音が万事屋に響いた。
「…お客さんみたいですね」
「出てくる」
「高杉さんは部屋でじっとしててくださいな、私が出ますから」
部屋での部分をやけに強調しながら小走りで去っていく妙。
このタイミングで訪れる客に、あまりいい予感はしない。
部屋で待てとの言葉を聞かなかったことにして、傷口を庇いながら玄関に行ってみると、俺は今はいないと嘯く妙と数日前に会ったばかりの鉄子と名乗った刀鍛冶の女が何やら話し込んでいた。
「俺ならここにいるが」
「高杉さん!」
何故出てきたんだと咎める妙をあしらいながら鉄子に目を向けると気まずそうに目を伏せた。
どうやら予感的中だったらしい。
「…入れ、聞きてェ事がある」
「本当にすまない」
部屋に入るなり頭を下げた鉄子に、どこから聞いたものかと悩みながら、妙がなんとも言えない表情で湯のみを鉄子の前に差し出すのを見つめた。
俺の前にも茶を置いた妙は、暫く迷った後ソファの後ろに立った。
そのすぐ後ろに立てかけられている薙刀は、鉄子が何かしら不審な行動を取れば牙を向くのだろう。
「…その謝罪は俺の傷に対してか?それとも、あの刀について嘯いたことについてか?」
「どちらも、だ」
「とりあえず顔上げろ。全部話して貰おうか」
「ああ…」
訥々と語り始めた鉄子。
口を挟まずに聞き、最後まで聞き終えた頃には随分と時間が経っていた。
鉄子の話を要約するとこうだ。
鉄子とその兄であり依頼主である鉄矢。
彼等の父親が作り上げたのが元々の紅桜と呼ばれる刀であり、妖刀と囁かれてきた代物である。
しかし今回の一連の辻斬り事件に絡んでいるのはただの紅桜ではなく兄が紅桜を雛形に作った機械兵器であり、戦闘を重ねる度にその能力は向上していく。
そして兄がその開発に至った裏には騎兵隊の存在がある、と。
「で、その機械兵器とやらに俺を襲わせる為に依頼した、と」
「恐らくはそうだろう…」
「へェ…そこまで分かっててよく顔出せたじゃねェか」
「返す言葉も無い…だがもう頼れるのはアンタだけなんだ、図々しいのは百も承知だけど、どうか頼む、兄者を止めてくれ…」
下げられた頭と机に乗せられた茶封筒。
一つ大きなため息をつきながら分厚いそれを手に取ると鉄子の肩が僅かに震えた。
「こいつは返す」
「…そうか」
「…が、一度受けた依頼を投げ出すのは性に合わねェんでな」
はっと顔を上げた鉄子の目が少しばかり潤んでいたが、すぐに気を取り直すとまた頭を深々と下げた。
「恩に着る」
「…鍛冶屋に戻ってろ、すぐ行く」
「分かった。私も渡したいものがある…先に行ってる」
一度チラリと俺の後ろに目を向けた後、気まずげな顔をしながら万事屋を後にした鉄子。
その背を見送りながら後ろから感じた殺気に頭を低くした。
びゅん、と空気を裂く音に嫌な汗が流れる。
視線を上げると先程まで頭があった場所には切れ味抜群の薙刀が。
勢い余って机に刺さったそれを辿ると閻魔も真っ青であろう恐ろしい形相の妙がいた。
「高杉さん、力づくでも止めるって言いましたよね?」
「悪いがそうも言ってられねェんでな」
「こっちだって新ちゃんに頼まれてるんです、絶対に外に出すなって」
「そこを退け」
「嫌です」
「…何度も同じことを言うのは好きじゃ無いんだがな」
「私だって嫌ですよ」
どこまで行っても平行線の会話に辟易としながら腹を覆う包帯に手を伸ばした。
きっちりと固く巻きつけられたそれは布団で寝るには少しばかり強すぎる。
それでもこうして止めるのは、妙なりのけじめだろう。
「必ずあの馬鹿共も連れて帰ってくる」
「…しょうがない人ですね、ほんと。…美味しいご飯用意しておきます」
やれやれと言わんばかりの表情にそれは勘弁と言いかけたのを喉の手前でなんとか飲み込んだ。
これで無事帰ったとしても恐ろしい物が待ち受けていることに決まってしまった訳だが、そこらの攘夷浪士よりもよっぽどタチの悪い女と今やり合うよりはマシだろう。
たとえそれが早くなるか遅くなるかの違いだけだったとしても。
「万事屋の留守は頼む」
「定春君と待ってますから、高杉さん達もちゃんと帰ってきてくださいね」
押入れの下に踞る定春に視線を向けると小さくワンと鳴いた。
さっさと行けとでも言いたいのか。
「私の気が変わらない内に行ってくださいな、女心と秋の空っていうでしょう?」
「…行ってくる」
行ってらっしゃい、と笑った妙と背を押すように吠えた定春。
つけ足すように傘を持っていけという命が。
引き戸を開けると確かに今にも泣き出しそうな雲が空を覆っている。
面倒だと舌打ちしてから傘立てを見るとなんともファンシーな傘が差してある。
…俺が使うのか?これを?
一瞬兎柄の可愛らしいという形容詞が似合いの傘を差す自分を想像して鳥肌がたった。
なんともおぞましい光景だった。
「…走るか」
どうか鍛冶屋に着くまで雲がその重さに耐えきれずに雨を降らし始めることが無いよう切に祈った。