短篇

□伝えたいこと一つ
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9/23 銀魂深夜の即興小説45分一本勝負
「遅い墓参」


ぴちゃんと跳ねた水が着流しの袖を濡らした。
たっぷりと水の入った桶を横に置き、墓の前にしゃがみ込んだ。

「久しぶり、先生」

夕焼けに染まる白い墓石の下には、先生の首だけが埋まっている。
戦って、生き抜いて、傷つきながらも得たものは、それだけだった。
先生と、もう一度あの日々を。
そう願って戦に出た。
だが、結果はただ全てを失っただけだった。
その願いさえも叶わなかった。
首だけになった先生を見た時、世界が真っ白になった。
悔しさに拳を握り締める高杉も、呆然と天を仰ぐ桂も、何もかも。

地に転がった久方ぶりの師の顔は、記憶の中での表情と寸分違わぬ柔らかな笑みだった。
半ば頽れるようにしてしゃがみ込んでその顔に手を伸ばした。
手を伸ばせばいつも抱き上げてくれた先生。
華奢なその背に乗って見る景色が好きだった。
けれど、その時は逆だった。
先生をそっと抱き上げて、痛くないように抱え込んだ。
さらりと長い綺麗な髪が手の隙間から零れる。
冷たくなったその肌に、一つ、また一つと水滴が落ちていく。
おかしいね先生、晴れてるはずなのに雨が降ってるみたいだ。
でも俺知ってるよ、狐の嫁入りっていうんでしょう?
先生が教えてくれたことなら全部覚えてる。
人の手が暖かいことも、俺が人の子だということも、何もかも全部。
ねぇ先生、また色んな事、教えてくれるんだよね?
だって先生は帰ってきたんだから。

「おかえり、せんせい」

先生が教えてくれたはずの「ただいま」という言葉が帰ってこないことも、全部全部知っていた。
人は死んだらもう二度と一緒に話せないことも、先生が教えてくれたことだった。














後に残った喪失感の中で、高杉と桂は土を掘った。
身体はもう取り返すことができないだろうことは薄々分かっていたから。
せめて先生が生きた証を形として残したかったのだろう。
俺はそれを先生を抱きしめたままぼうっと見ているだけだった。
二人の行為がどんな意味を持つのかも考えられないまま、ただ呆然と。
二人の動きが止まった後、高杉が血の滲んだ土だらけの手を伸ばしてきた。
高杉が何を望んでいるのかは分かりきっていたが、従いたくはなかった。
更に先生を抱きしめる力を強くすると、桂が咎めるように俺の名前を呼んだ。

「…銀時」

返事をせずに首を力なく振ると、高杉が苛立ったように強引に俺の腕の中から先生を奪い取った。
嫌だ、やめてくれと止めても、高杉は止めなかった。
桂に抑え付けられながら、俺は高杉が土を被せていくのを最後まで見ていた。
全部が終わった時、俺達はもう同じ場所には立っていなかったんだろう。
それが分かっていたから、俺は白夜叉であることを止めた。







あれから何年経ったのだろうか。
来るつもりはなかった。
今までだって来れなかった。
今日は彼岸だとテレビのキャスターが告げるのを聞き流しながら、欠伸をしてもう一眠りしようと目を閉じた時、新八が墓参りに行くのだと神楽に話しているのを聞いた。
俺が起きている時に話さなかったのは新八なりの配慮だったんだろう。
それを寝たふりをしながら聞いていた。
神楽もなんとなくは察したらしく、今日は新八の家に泊まると書き置きを残していった。
その書き置きに添えられた新八手作りのおはぎを見て、先生の顔を思い出した。
家事が苦手だった先生の唯一の得意料理。
俺が甘い物が好きだからと頑張って作ってくれたそれが何よりも好きだった。
だからだろうか、どうしても先生に会いたくなった。
新八が作ったそれを持って家を出て、先生のところまで衝動的に来てしまった。
もう日が落ちようという時間に墓に参る者はおらず、既に綺麗になった墓石と数本供えられた花達とが俺を出迎えた。

花の隣におはぎを並べ、手を合わせた。
俺の作ったもんじゃねーけど、新八が作ったもんだから味の保証はするよ、先生。

来れなかった分話したいことは沢山あった。
けれど先生にどうしても伝えたいことが一つだけ。

「先生、俺な、」



また、家族ができたんだ。







 
 

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