短篇
□はじまりの日
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ごそごそ、と草むらに隠れる。
そして相手に見つからないように息を殺す。
「…行ったか?」
「ああ」
「なんでこんなことしてんだろうな……」
思わず出たため息が、思った以上に疲れきっていることに気づいて悲しくなる。
「なんでも何も、先生に言われたのだから仕方あるまい。それに、他に何か出来るかと言われてもできないだろう今からじゃ」
「…先生ももっと早く言ってくれればな」
「…それは同感だ」
顔を見合わせてため息を付く。
幸せが逃げていくぞ高杉、と桂に言われるがお前も似たような顔だろ、と言いたくなる。
草むらからこっそりと顔を出し、前を歩く銀時に目を向けた。
一人であっちへフラフラこっちへフラフラしながら進んでいく銀時は見ていて危なっかしい。
…だからこそ俺達が今ここにいる訳だが。
何でヅラと二人きりで俺が銀時の後をつけているかと聞かれれば話は昨日に遡る。
「……先生」
「はい」
「…今なんて言いました?」
「明日は銀時の誕生日です」
「「なんでもっと早く言わないんですか!!」」
二人で先生に詰め寄ると、その分だけ先生も背中を逸らした。
どうどう、と暴れ馬を落ち着かせるように宥めようとしてくるが、落ち着いてる場合じゃなかった。
そんなことは寝耳に水だった。
銀時が誕生日というものの概念を知ったのは此処に来てからだ。
自分が生まれた日は知らない。
目線を合わせないままにそう呟いた銀時に、その時は何も言えなかった。
けれど、自分の生まれた日にささやかながらあいつは祝ってくれた。
どうだった?と聞いてくる銀時にそっぽを向きながらまあまあだと返した。
嬉しかったと言ってやれば良かったと後悔したが、そっかと言って笑った銀時が嬉しそうだったのでいいか、なんて思って。
だから、今度は俺も。
そう思っていたというのになんてことだ。
「今からじゃ何も準備できませんね…」
桂が項垂れているのを見て、俺の気分も急降下していく。
もっと早く知っていれば。
唇を噛んで俯いていたら、大きな手が頭に乗せられた。
「二人共、手伝ってくれませんか?」
顔を上げると、先生が困ったような顔で笑っていた。
何をだろうと桂と顔を見合わせていると、先生が一枚の紙を広げて俺たちに見せた。
「はじめてのおつかい?」
「銀時におつかいデビューさせようかと!」
ちょっと待ってほしい。
色々と聞きたいことがある、というより聞きたいことしかない。
紙にでかでかと達筆な文字で書かれたそれはどこかで聞いたことがあるような。
それよりなによりなんでよりによって誕生日におつかい?
二人して頭の上にはてなマークをいくつも浮かべていると先生が嬉々として計画の全容を話し始めた。
そして、話を全部聞き終わって思ったこと。
「嫌な予感しかしねぇ」
そしてその予感は多分正しい。
先生曰く、銀時がおつかいに出ている間に準備を全て済ませたい。
だが一人で行かせるのはまだ少し心配だ。
だから二人で銀時を見守り、そして銀時が困っていたら密かにサポートしおつかいを完遂させてほしい。
とのことである。
だがこの計画からは一番忘れてはならないことが抜けている、と俺は思った。
一文で済ませてしまったが、準備というのはもちろん銀時の誕生日を祝う準備だ。
準備と一口に行ってもその過程は色々で。
その中には料理という大変複雑な工程が含まれているのを俺は知っていた。
そして松陽先生が今までに台所を爆発させた回数も知っている。
要するにあれだ。
「…俺達が帰る時までに塾が無事だといいな」
「それだけが気がかりだ…」
二人して草むらで項垂れているのを道行く人々が不思議そうに見てくるが、正直今はそんなことに構っていられない。
呪うならあのはりきってますという表情をした先生を止めることができなかった自分を呪うしかない。
「今は祈るしかない、先生が珍しく料理に失敗しないことを」
「…珍しいっつか初めてになるな」
「………」
二人して黙り込んだ。
冷たい風がぴゅうと俺達の間を吹き抜けていったような気がした。