短篇

□彼を形作るもの
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『指切りしましょ、嘘ついたら針千本飲ーます』


なんつー恐ろしい歌だ。


「おや、初めてでしたか?指切り」
「初めても何も一回たりとも指なんざ切りたくねーよ、痛いし」

松陽が歌い出したそれに思わず呟くと、くすくすと笑われた。
あまりにも物騒すぎる歌にその笑顔は合わないだろうに。
繋がれた小指と小指を眺めてもなんだか納得がいかない。
松陽との間に置かれた饅頭が俺を呼んでるのにそれが食べれないだなんて!!
(馬鹿とかいうな、本気だ)

これは来客用なので食べちゃ駄目ですからね!と強く念押ししてきた松陽に、うんうんわかったと適当に返事を返したらこれだ。
言われるがまま小指を差し出したがとんでもない約束をさせられたんじゃなかろうか。
まさか饅頭ひとつに自分の小指を賭けることになるなんて。
あまりにも自分が難しい顔をしていたからなのか、眉と眉の間を結ばれていない方の指でこつんと突つかれた。

「そんな顔してたら皺残っちゃいますよ」
「あんたが物騒なこと言い出すからだろ」
「まあ本当に指を切る訳じゃないですからねぇ、心配しなくていいですよ。気持ちの問題です、気持ちの」
「俺の心配を返せ」

まあお饅頭食べないでくださいねっていうのは本当ですけど、と皿を持ち上げて俺が座るのと反対側にそれを置いた。
そんなことしなくても手は出さない、と思う。
だったらなんでこんな小さなことにそんな物騒なことを言い出したんだ。
時折松陽がとんでもないことを言い出すのには慣れてきたはずだったのに、本当はまだ慣れてなどいなかったらしい。

「そもそも嘘ついたら針千本ってなんだよ」
「痛そうですよね」
「あんたが言ったのになんでそんな他人事なの」
「私も針千本なんて飲んだことないですから」
「あるって言われても驚かねーけどな」

えぇー、なんて残念そうな声を出されても。
俺の世界を丸々変えてしまったこの男が今更何をした所で、まあ松陽だし、の一言で片付いてしまう。
それ位の事なら平気な顔してちよちょいとやってしまいそうだ。

「まあ言ってしまえば気持ちですよ、気持ち」
「わざわざ言わなくたって伝わるだろ」
「言葉にしなきゃ伝わらないことだってあるじゃないですか」
「そうかなぁ…」

言葉なんてそんなに大事だとは思わない。
松陽が何も言わなくたって大体のことは伝わってくるし、俺が何も言わなくても松陽は大抵のことは気づいてる。
なら今更言葉があろうとなかろうと違わないだろう。
この男が開いた小さな塾には生徒がまだ俺しかいないのだから、俺と松陽とでちゃんと伝わればいいじゃないか。
夕飯には名前を覚えたばかりの魚が食べたいと思えば出てくるし、試合で隙を突こうとしても気付かれるし、怪我を隠してもバレるし。
エスパーか何かなんじゃないかと思うくらいにはなんだってお見通しなのだ。
きっと松陽が分からないことなんてほんの少しなんだろうに。
今だって、納得いかないのが伝わったらしくて小さく笑っている。

「そうですね…なら、形にして残すということだったらどうでしょう?」
「言葉に形なんて無い」
「いえ、一つの形ですよ」

自分の中で思っているだけと、言葉にして伝えるのは少し違うでしょう。
口にして誰かに伝えることで、自分だけでなく相手の心にも貴方の思いが残ります。
大切な事こそ、言える時に言葉にして伝えておくべきです。
今だって、私が言ったことは貴方の中に意識せずとも残ったと思いますよ。

「それも形、ってことになるのか」
「ええ、そうですね。言葉だって形です。私と貴方がした約束も一つの形。誰かと自分の間の大切な繋がりが、言葉で二人の心にも身体にもしっかり残るでしょう?」

約束と聞いて松陽と会った時のことを思い出す。
そういえば、あの時も約束をしたのだ。
正しい剣の使い方を、生き方を、望むなら教えよう。
確かにそれは自分にとっての大切な事だ。
おれの世界に初めて色をくれた言葉。

少しだけ分かった気がした。
それに気づいたのか気づいていないのか分からないが、不意にぎゅうと抱きしめられる。

「銀時、愛していますよ」
「な、何そんないきなり、どうしたの頭打ったの」
「言ったでしょう?伝えられる時に伝えなければ、と」
「いきなりすぎるだろ…」
「そんなことないですよ、いつも思っていますから」

暖かい腕の中に抱きしめられて身動きが取れないまま、身体が痒くなるような言葉ばかり渡してくる。
離せと言ってもきっと離して貰えないんだろう。
ならばと諦めて凭れ掛かると余計に抱きしめられる。
悪くはない、と思う。

「言葉にするのもいいものでしょう」
「そーかもな」
「ちゃんと約束守ってくださいね」
「ここでまだ饅頭の話すんの?」
「だって銀時忘れたフリして食べちゃいそうじゃないですか」
「う…それは…」
「ほら、」

また差し出された小指に今度は自分から小指を絡めた。
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