〜武闘神伝〜
□四章 融解
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二百年、とは。
一体どういうことだと祖父に視線を向けた。
白夜叉がそれだけの年月を生きてきたと言われればまだ分かる。
彼は只の人ではない。
だが祖父はどうだろう。
彼は正真正銘人間だ。
「二百年って、どういうことなんですか、お祖父様」
「それがですね…実は私もう一回死んでるんですよ」
「…………え?ええええぇぇぇぇぇぇ!?」
衝撃的事実。
どういうことだ。
今まさにニコニコと笑いながらピンピンしている祖父が、死んでいる。
どうやったって理解できない。
「え…先生…そういう霊的な何か…だったり…俺そういうの苦手なんだけど」
「銀時は相変わらずですねぇ、怨霊なんて護符一枚でちょちょいのちょいなのに」
「って!そういう問題じゃないですよ!お祖父様普通に足ありますし!」
「うーん、ちょっと説明が難しくて」
困ったように頬を掻く祖父だが、その姿は怨霊だの人魂だの、そういった類のものには見えない。
白夜叉に関しては、祖父が霊的な何かでないことが分かると、それ以外はどうでもいいらしく浮かしかけた腰をおろしていた。
それでいいのかととても聞きたい。
これは自分が聞かないことには進まないのだろう。
「あの、お祖父様。僕等にも分かるように説明してもらえませんか?」
「ええ、分かってます。…あなた達は、今まで私と暮らしてきて、何か不思議に思ったことはありませんか?」
「……御祖父様がいつまでたっても年老いないこと、かしら」
「正解です」
妙が言ったそれは当たっていたらしく、祖父がにこりと微笑んだ。
確かに言われてみればそのとおりである。
ただ、祖父は膨大な力を持っている為、そのような奇怪な事がおこるのだろうと考えていたのだが、どうやら違ったらしい。
「事情を話すとかなりややこしいのですが…端的に言えば、閻魔様のような役割を持つ方に、お前が死ぬとあっちの世界のバランスがなんやかんや崩れて面倒だから、時期がくるまで今まで通り仕事してくれと頼まれまして」
「閻魔様適当だなおい!」
「まぁそんな感じで仮の体に魂だけ入れてるので年を取らないんですよ、見た目は」
神様の特別製らしいんですよねーと暢気な祖父だが、それってかなり凄いことなんじゃないかと思うのは僕だけか。
姉なんかはあらそうですかと笑い、白夜叉はまぁ先生だもんな、と苦笑している。
姉の適応力が恐ろしい。
「相変わらずの人外スキルみたいだな」
「人外の俺達に言われちゃうって相当だよなぁ」
白と黒の兎達でさえ受け入れている。
本当になんなんだ僕の祖父は。
「とまぁそんな訳でして。本当は私はあなた達のひいひいお爺さんくらいなんです、実は」
「は!?」
「初耳だったわ…」
「細かく言ってしまえば本当の祖父でも無いのですけどね…私には妻がいませんでしたから。子供は銀時達がいましたけど」
「それも初耳っていうか、え?」
「兄の子の子孫があなた達なんですよ。この屋敷は私が生きていた頃の別邸ですが」
情報量が多すぎて把握しきれない。
そもそも彼は、何者なのか。
それすらもが分からなくなってきていた。
自分でも分からない内に不安が顔に出ていたのだろうか、膝の上で握り締めていた拳の上に、姉上が優しく手を重ねてくれていた。
「何も変わらないわ、新ちゃん。お祖父様はお祖父様…私たちをここまで育ててくれたのもこの人。もう既に一度死んでいたとしても、血が繋がっている訳でなくても、この人は私達のお祖父様…違う?」
「姉上…」
姉上の言葉が胸に染みた。
自分たちが幼い頃に両親が亡くなって以来、姉弟を育て続けてくれたのは紛れもない松陽だ。
彼が人外だろうが、畜生だろうが、その事実は代わりはしない。
暖かな笑みをくれる姉だが、きっと彼女も混乱しただろう。
それでも自分に気を使ってくれる姉が嬉しい。
「そうですよね。お祖父様はお祖父様ですし」
「…ありがとう、二人共」
祖父の微笑みは、今までと何の変わりもなく暖かかった。