企画
□みつめるさきに
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桂殿、と後ろからかけられた声に振り向けば、そこには先日あったばかりの男がいた。
確か、こやつも攘夷浪士だったか。
しかし名前を覚えているかと問われれば否だ。
ただ、初対面の時からギラついた目でこちらを見ていたことは確かだ。
最近はそのような目で見られることばかりで、反応するのも億劫になってきた。
そして、その後とる行動は大抵同じだということも学んだ。
そしてこの男も。
「桂殿……こんな夜更けに散歩ですか?最近は物騒ですからね、突然斬りかかられたりなどということもありえますよ。」
「貴様のような者にか?」
「おや、気づいておられましたか。」
「気づかぬとでも?」
感情を込めぬままそう吐き捨てれば、後ろの男は下卑た笑いを発した。
「流石は狂乱の貴公子と謳われた方ですねぇ………何故こんなにも落ちぶれてしまわれたのか。」
「落ちぶれた、か。そうかもしれんな。」
「攘夷の志を失った貴方には消えていただこう。このような男を頭に据えていては我々は腐り落ちる。では、お覚悟を。」
スラリと抜かれた刀に、致し方あるまい、とこちらも刀を抜く。
こんなことではいかんとはおもうのだが、何分、こちらも志半ばで死ぬ訳にはいかない。
走り寄る音、迫る刀。
それらを全て無視して男の首元に狙いを定める。
刃を返し、男の刀が届く寸前に刀を叩き込んだ。
「き……さまっ………!」
何か言いたげな目をしたまま意識を飛ばした男を確認して、くるりと踵を返す。
後でエリザベスにでも運んでもらうか、などと考えていたその時だった。
グチュリと嫌な音がしたかと思えば、途端に左足に激痛がはしった。
痛みの根源を見れば、男の刀が突き刺さっていた。
「油断したか………」
「や、はり…落ちぶれたものだな………」
ニヤリと嗤う男の首に刀を添えれば、ピタリと止まった笑い。
「……俺が穏健派だと聞き、手は出されぬとでも思ったか?」
何も言わない所を見ればそうらしい。
こちらとて最初から殺すつもりは無かったのだが。
しかし男はゲラゲラと笑い始めた。
「狂乱の貴公子に殺されるのならばそれも本望!!私は攘夷の志をつらぬき死ぬのだ!私は堕ちた貴様に一矢報いた!さぁ殺すがいい!!」
殺せ殺せと叫び笑う姿はどこか異常なものだった。
言っていることもどこか矛盾している。
確か麻薬の密売組織の末端の者だったか。
この男もそれを使用したのか、狂ったように笑い続ける。
このまま放っておけばどうなるかわかったものではない。
仕方が無いか、と目を瞑った。
「殺せ!殺すがいい!攘夷の志も無いままに人を殺す貴様は攘夷志士などではない!ただの下賎な人殺しよ!」
ハハハハハハハハハ、と高らかに響いていた笑い声が途切れた。
目を開けば、視界に入るのは血塗れた刀と事切れた男。
はぁ、と思わずもれたため息は誰にも拾われることなく消えた。
「これはエリザベスには頼めそうも無いな……」
どうしたものかと顔をあげれば、どう考えても場違いな蝶が空を泳いでいた。
ひらひらと落ちるように自分の肩に止まったそれに少しばかり目を見開いた。
蝶が血の香を好むなどということは聞いたことが無いのだが。
振り払うべきか、などと考えていたら、忘れていた左足がズキズキと痛み始めた。
せめて刀を抜こうとしゃがんだ瞬間、ぐらりと世界が回る。
随分とやわになったものだな、と頭のどこかで考えているうちに、意識は途絶えた。