企画

□白鬼は嗤う〜第一章〜
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空は黒く染まり、街の明かりもぽつりぽつりと消えていく。

眼下で少しずつ光が消えていくのを眺めながら酒を煽った。
二つ並べた杯の一つに再度酒を注ぐ。
何度目かになるそれだが、もう一つに酒を注いだのは一度きりだ。


「入るでござるよ、」

「俺まだ返事してないのに入ってくんな」


返事を待たずして部屋に入り込んできた万斉を軽く睨んだが、万斉は気にした風もなく正面に座った。


「少しはプライバシーってモンをだな…」

「今度の江戸行きのことでござるが…」

「ほんと人の話聞かねぇのな」


ヘッドホンむしり取ってやろうか、と脅してみるも全く臆することも無く話し始める。


「どうやら来月、江戸で祭りがあるらしい」

「…俺お前にどんなイベントがあるのか調べてこいなんて言った覚えないんだけどなーおかしいなー」

「あぁすまん、あまりにも子供じみた味覚をしているものだからそういった祭りも好きなのかと」

「おいテメェちょっとこっちこい首切ってやるから。つかお前聞こえてんじゃねぇか!」


人が楽しく酒飲んでたっつーのに邪魔しやがってこの野郎。
一気にテンションだだ下がりだわ。
などと色々言ってみるも、自分に都合の悪いことは一切無視することにしたらしい。


「ちゃんと綿飴とりんご飴が出店されるかどうかも調べてきたというのに酷いでござるよ」

「変な所で有能さ発揮すんな」

「とまあ、おふざけはこれぐらいにして」

「マジで叩っ斬るぞテメェ」


表情を全く変えないで言った万斉。
コイツほんとムカつくんだけど、斬っていいかな。
また子辺りが聞いたら全力でいいともー!と言いながら万斉に銃を乱射しそうなことを考えつつも、
真面目な方向へ話を持っていきたいらしい万斉に合わせてやる。
あれ、元はと言えばコイツの所為じゃなかったっけ。


「で?江戸行きがどうした」

「少し出港を早めようかと思ってな」

「そりゃまたなんで」

「先程言ったでござろう、祭りがあると」

「オイオイ、真面目な方向に持ってくんじゃ、」


言いかけたところで万斉が片手を挙げて俺を制する。
話は最後まで聞くものでござる、と口の端を持ち上げたコイツに、漸くか、
と口を開くことをやめた。


「どうやら次の祭りに将軍が遊びに来るらしい」

「暢気なもんだな、命を狙われるだとか、そういうこと思わんのかねぇ、将軍様は」

「ただの暗愚な男か、それともよっぽど自分の臣下と警察を信用しているのか…まぁ、どちらにせよ軽率だと拙者は思うが」


江戸の攘夷浪士共も、将軍の首を刈る機会だと浮き足立っていたでござるよ。
そう言うコイツが一番楽しみと思っているように俺には見えるが、きっとコイツから見た俺はそれ以上にさぞ楽しそうに見えるんだろう。


「将軍が祭りを見に城下に降りてくるのが葉月の十日…多めに見積もって、此方を出るのは十日前でどうでござるか?」

「葉月の十日…ねぇ」


その日は確か、と思い出して思わず吹き出しそうになった。
タイミングがいいというか、なんというか。
これは思っていたよりも楽しい祭りになりそうだ。
奴が今どこで何をしているのか、そもそも生きているのかも知らないが、悪運の強い奴だからどこかで生き延びているだろう。
将軍の首なんて、最高のプレゼントじゃないか、なんてな。


「面白ぇ祭りになりそうじゃねぇの」


手つかずだったもう一つの杯を手の内でくるりと回すと、愉しげに笑う赤い目が水面で揺れた。
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