企画
□白鬼は嗤う〜第一章〜
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「おはようございまーす」
がらがらと立て付けの悪い引き戸を開けて声を掛けるも、返事は無い。
しかしいつものことであるので気にしない。
気にしたら負けだ。
太陽は空の天辺どころかそれを通り越して既に沈み始めている。
ここの住人は一体どれだけ寝れば気がすむのか。
確かに昨日「明日は午後から行きます」とは言ったものの、それは断じて昼まで寝てていいですよという意味で言った訳ではない。
どちらかというと、僕が行かなくてもちゃんと起きてくださいよというつもりで言った、のだが。
どうやら二人と一匹には通じなかったらしい。
はぁ、と抑え切れなかったため息をつきながら押入れを開ける。
「神楽ちゃん、いい加減起きてよ」
「んぁ?…新八ぃ、レディの寝床を無遠慮に見るとはいい度胸アルな」
「普通レディはこんな時間まで寝てないよ」
「…今何時アルか?」
「昼の一時」
それを聞くと神楽はピシッと固まった。
どうやらそこまでとは思っていなかったらしい。
「ほら、早く顔洗ってきて。お昼作ってあげるから」
「焼きそばがいいネ」
「はいはい、高杉さん起こしたら作るよ」
ちゃっかり自分の要望を伝えてから神楽は洗面所へと向かった。
後を追うようにして、押入れの下段から定春がのそりと抜け出してくる。
「おはよう定春」
くぅん、と返事をするように鳴いてのそのそと洗面所に向かう定春。
残るは一番厄介な男だけだ。
覚悟を決めて寝室へと向かうと、そこには案の定酷い寝相で布団からはみ出ている男が。
どうやったら枕と頭の方向が反対になるのか謎である。
「高杉さん、いい加減起きてください」
「…………」
ゴスッ。
返ってきたのは返事ではなく強烈な蹴りだった。
言うまでもなくくっそ痛い。
目を閉じている癖にしっかりと脛を狙ってくる辺り悪質だ。
掛け布団を無理矢理ひっぺがすと、うっすらと目を開けた。
「おはようございます高杉さん」
「返せ」
「人殺しそうな目で見られても返しませんからね」
チッ、と盛大な舌打ちをくれた男は嫌々上体を起こすと頭を抱えた。
大方二日酔いか何かだろう。
自分の所為なのにヤクザ顔負けの眼光をこっちに向けないで欲しい、本当に。
「頭痛ェ…」
「今日依頼入ってるんだからしっかりしてくださいよ…」
「は…?依頼なんざ入れて無ェだろ」
「昨日お登勢さんに頼まれました」
「あのババァ…」
「これで先月分の家賃チャラになるんですから、ちゃんとやってくださいね」
まだ不満たらたらな高杉だったが、どうやら家賃一家月分免除は効いたらしい。
高杉が渋々身支度を始めたので、自分も昼食を準備するために台所へと向かう。
さて、食料はまだ残っていただろうか。
「新八ー腹減ったネー」
「できるだけ早く作るから、ちょっと待っててよ」
「最速最短で頼むアル」
はいはい、と適当に流して冷蔵庫を開けると、なんとか二食分くらいの量は残っている。
しかし今日の依頼料は先月分の家賃に消える為収入はゼロ。
これは早急に対処しなければ…
材料をちょっとケチることに決めると、手早く焼きそばを作っていく。
「おい新八、まだか」
「誰の所為で遅れたと思ってるんですかアンタ」
「晋ちゃんの所為アル」
「んだとクソガキ」
ぎゃーぎゃー騒ぎ始めた二人の声をBGMにしている間に昼食は完成。
喧嘩を続ける二人に焼きそばを出すとピタリと二人が止まる。
万事屋において食事は何よりも優先順位が高いのだ。
「「いただきます」」
現在の時刻は午後一時半。
お登勢さんから言われた時刻まではまだあと半刻ある。
これで間に合わないということは恐らく無いだろう。