企画

□酒徒
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*転生3Z 銀八と京次郎


春うらら。
そんな言葉が似合いそうな暖かさに思わず欠伸が漏れた。
隣に立つ痔持ちの日本史教師に無語で小突かれるが、生理現象だから仕方ないだろう。
とはいえまたうるさい校長に見つかれば、職員会議中に弛んでいるなどと言われかねない。
今更な気がしないでも無いが、そんなことで只でさえ少ない給料を更に減らされたんじゃたまったもんじゃない。
口元を引き締めて真面目に聞いている風を装いながら校長の触覚が風で揺れるのを眺めた。
生徒達が春休みを迎えようとしている今、殆ど学校は半日で終わりだ。
ましてや三年生を担当していた銀八は、卒業式も終えてしまった今受け持っている授業も無い。
生徒が帰り、じゃあ自分もと荷物を纏めようとしたところで開かれた職員会議。
何も午後の一番眠いこの時間帯に開かなくても。
春は浮かれる生徒が…とか、そんな時こそ教師は…とかいう話が右から左に流れていく。
ぼんやりとした頭で、今夜の晩飯の献立について考えてみる。
確か冷蔵庫に挽き肉が入っていた筈だ。
帰りにキャベツでも買ってロールキャベツがいいかもしれない。
コンソメ残ってたっけなどと考えていたら校長の話の矛先がいつのまにか自分に向いていたらしかった。

「そう思うじゃろう坂田先生」
「そうっすね、春キャベツはそろそろ美味くなる頃でしょうね」
「話聞いとらんかったな確実に」

全くこの学校の教師共は…と文句を垂れる校長だったが、一度咳払いをするとにやりと笑った。

「とにかくそういう事だから頼んだぞ坂田先生。後はもう一人から聞いてくれ」

一体何のことだと思いながら職員室を後にする校長と教頭の背を見送った。
その顔がしてやったりといった表情であったことに何だか嫌な予感が。

「なあ、アレなんの事」

そそくさと帰ろうとする服部の襟首を掴み問い詰めると校長と似たり寄ったりな表情を浮かべた。

「俺は注意してやっただろうが、聞いとけって。ま、そろそろ来るだろうからそっちに聞いてくれや」

俺は家で今週号読むから。
そんなことを言って器用に銀八の腕から逃れて帰って行く服部。
結局何のことだったのか。
他の者に聞こうと思ったがどいつもこいつも似たような反応だった。
同僚達は薄情にも全員帰り、残ったのは銀八だけだ。
どさ、と椅子に腰を下ろして机に突っ伏した。
残業だろうか、だがこの時期に残ってまでするような仕事など無いはず。

「そもそももう一人ってなんの事だよ…」
「そこから聞いとらんかったんか」
「そこからも何も最初から聞いて無かった」
「それでよく教師になれたのう」

聞き捨てならない言葉に机から顔を上げると、突風がカーテンを揺らした。
ひらひらと揺れるカーテンと風に乗って飛んでくる桜の花弁。
似合わない演出だと思いながら顔を上げると相変わらずの強面がそこにいた。

「人のこと言えないんじゃねーの元若頭さんよ」
「万事屋なんちゅう胡散臭い仕事しとった男には言われとうないわ」

何度かしたことのあるやりとりをしながら億劫に思いつつも腰を上げる。
先程言われたもう一人とはどうやらこいつのことらしい。
しかしこいつとペアにされるとは一体何をやらされるのやら。

「早くせえ、坂田先生」
「分かってるっつの、中村せんせー」


















「頼むってこれかよ…」

白衣を脱ぎ普段着に戻った後で渡されたのは巡回中と大きく書かれた腕章。
まさかと思って中村に視線を送ると思ったとおりの一言が返ってきて絶望したのは数時間前のこと。
校長が言っていた生徒の弛みは教師にも関係してくるらしい。

「未成年の夜間外出ったってそういうお年頃だろうが」
「体裁っちゅうヤツだろうよ、今のご時世そんなもんだ」
「お前から体裁なんていう言葉を聞く日が来るとは」
「お前はワシをなんだと思っとる」

呆れを含んだため息をついた男は正直このネオン輝く繁華街がよろしくない意味で似合っている。
現に腕章を着けているにも関わらず一般人は銀八達から距離を取って通りすぎていく。
もしかすると巡回中の腕章も何か違う意味に取られているんじゃなかろうか。
さもありなん、顔にデカい刀傷のある教師なんてそうそういない。

「本当に教師とか聖職者っていう言葉から一番縁遠い顔してるよな」
「緩みきった顔したヤツに言われたくないもんだ」
「それが俺のアイデンティティだからいいんだよ」
「なんでもええから仕事せい」
「ビールが飲みてえなぁ…あ、あそこにいい感じの店が」
「あと一時間じゃろうが我慢せい」

居酒屋に向かって足を踏み出したところで襟首を捕まれて首が締まる。
うえ、と奇声を上げるとその手は離されたがそれなりに痛かった。
喉を擦りながら睨むと何倍もの眼力で睨み返される。
本気では無いと分かっていても中々の迫力。
睡眠学習の得意なうちの生徒達が、こいつの授業だけは唯一起きたまままともに授業を受けていたなと思い出す。
先日卒業していった教え子には当てはまらないようでコイツも頭を抱えていたが。

「終わったらどっかで飲まねえ?どうせ暇だろ」
「給料日前なのにそんな金があることに驚きだ」
「無いから誘ってんだよ」
「…また毒でも盛られたいみたいじゃのう」
「お前が言うと洒落にならねえよ!」

くく、と笑って隣を歩く男の表情はいつもより柔らかい。
年中額の真ん中に寄せられているシワはそのままだが。

「そういやこの間の話どうなったんだよ」
「この間?…ああ、若の件か」

一瞬何のことだか分からないと眉を顰めたが、すぐに思い至ったようで呆れたように笑った。
一月程前に飲みに誘われ、断る理由も無く付いていった。
仕事の愚痴だのなんだのをお互いこぼしながら安酒を煽った。
酒が入って思わず、という風では無かったが、ぽつりと中村が呟いたのを聞いてしまった。

また弟が出てこないのだ、と。

「よう覚えとったな」
「銀さんの記憶力舐めんなよ?…まあその顔見ればなんとなく分かるけどな」
「…おかげさんでな」

腕を組みながら歩く中村の頬が少しだけ緩んだ。
どうやら今度はすれ違わずに済んだようで。

どうすればいい、と自分自身に問うように呟いた中村にこれといって銀八がしたことは無い。
ただただ彼が発する言葉を何も言わずに聞いていた。
一時間程だっただろうか、今迄溜め込んでいた全てを吐き出した中村はその一言を最後にこぼした。
答えを求めている訳では無いのは聞いていれば分かった。
だが、前のこいつを知っている身としては聞き流せなかった。
何をした訳でもない。
ただ尻込みするその背を蹴っただけだ。

「久々に会った弟君はどうだったよ」
「頬が腫れとった」
「拳と拳の語り合いってか、熱いねぇ」
「それが一番伝わるんだろう?」

含みのある視線を受けるが、さあねぇなんて素知らぬフリをして道の脇に視線を逸らした。
確かに一度ぶん殴りはしたが、こいつとて腹に鉛弾ぶち込んできたんだから、お互い様ってやつだろう。
深夜外出してる生徒も特に見つからずネオン街を抜けると、小さな移動式の屋台が目に入った。

「お、良い所に」
「お前という男は…まだ巡回が終わっとらんだろうが」
「いいじゃねぇの、兄弟仲直りの祝杯ってことで」

乾杯の仕草をしてみせるとまた呆れ顔を向けられる。
そんな視線を気にする事無く腕の腕章を外すと小さなため息が聞こえた。

「…今日だけじゃ」

そんな風に言いながら同じく腕章を外す中村。
奢って貰う気でいたが、流石に今回は遠慮しようか。
給料日前だからあんまり贅沢できないな。
そんな風に考えながら暖簾を潜ると、快活な店主のいらっしゃいと共に、新メニューと札のついたキャベツの塊が目に入る。
途端に鳴き出す腹の虫に前言撤回、丁度数時間前考えていた晩飯があるなら食べたくなるってもんでしょう。
ま、ここは一つ相談料ってことで。




 
 
 

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