捧げ物
□満月はすべてを照らす
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満月が欠けることなく、神々しく輝きながら、江戸を照らす。
夜には活気溢れる歌舞伎町も、午前二時を過ぎた今では、もうすでに人影はなく、全ての者が夢の中………なはずなのだが、一つの窓から漏れる明かり。
電気のような明るさではなく、小さな灯火のような光。
満月の今日は、窓を開ければ月明かり。
電気など点けなくとも明るい。
その明かりをたどれば一つの家。
その二階の窓から明かりが漏れている。
その部屋には小さな蝋燭。
先程の灯火はこれである。
その家にはいつもいる筈の者が一人しか居らず、代わりにいつもはいない三人が。
「……銀時。」
「……ん?なに、晋助。」
そのうちの二人はテロリスト、高杉に桂。
もう一人は快援隊社長、坂本。
そしてもう一人が坂田銀時。
この家の二階の万事屋の主である。
四人は今万事屋の一室で酒を飲み交わしていた。
唐突に高杉が銀時に呼びかけた為、壁に寄りかかりながら月を眺めていた銀時は反応が遅れた。
「銀時、テメェは………いや、なんでもねェ。」
「なんなんだよ、最後まで言いやがれ。」
「そうだぞ晋助。言ったことは最後まで言え。」
「そうじゃ、晋助最後まで言うぜよ。」
三人に言われ、口篭る高杉。
「………………のかよ。」
「あぁ?」
「テメェは…テメェは悔しくねェのかよ…」
唐突に呟かれた『悔しい』という言葉。
その言葉に三人は少したじろぐ。
どういう意味かはすぐに三人共分かったが、あえて銀時が聞く。
「……それは……どういう意味だ?」
それを聞くと高杉は銀時をジッと見た。
「だから、テメェは……仲間殺しやがった奴等に…天人に支配されて、悔しくねェのかって聞いてんだ。」
「………………」
「テメェは……先生を……松陽先生を殺した奴等許せんのかって聞いてんだ。」
「晋助ッ!」
言い続ける高杉を、桂が遮る。
しかし高杉は尚も続ける。
「テメェは…銀時は、先生裏切ったこの世界に悔しいと思わねェの「悔しくねぇ訳ねェだろ。」……ッ……」
俯いて高杉の話を聞いていた銀時だったが、唐突に呟いた。
「俺は……今も昔も…先生裏切ったこの世界を恨んでる。」
「銀時……」
桂が銀時の肩に手をかけるが、銀時はそれに上から手を乗せ、桂の方を向き、首を横に振った。
「!…ッ………」
その顔は少し嬉しそうに、しかしどこか諦めたような、哀しい表情で。
そんな儚げな表情をしながら桂の手をゆっくりと退け、また話し始める。
「覚えてるだろ?天道衆の奴等が俺等の勢い失くす為だけに仲間晒し首にしやがったの。」
「銀……ときっ……」
攘夷戦争時。
その時は攘夷軍に勢いがあり、天人は押されていた。
だが天人は斬っても斬っても減ることはなく、むしろ増える一方の為、志士達の士気は下がりつつあった。
そんな時だった。
天人が本拠地までやって来て、数名の首を斬り、数日後、近くの河原で晒し首にされた。
そしてその河原で、志士達が首を見た。
それを見ている天人達は、面白そうに嗤っていた。
あの時、それを見た銀時は暴れ狂った。
その場にいた天人全てを動かぬ者とするまで、怒り、哀しみ、暴れ狂い、川を紅く染めた。
まるでそこは血の川のごとく紅く染まっていた。
そして銀時も、着ていた陣羽織を紅く染め上げ、自らの髪も、顔も、魂も、全て紅く、紅く。
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