捧げ物

□紅色の淵に
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ひゅん、と自分の顔スレスレを竹刀が通り過ぎる。
咄嗟にその一突きは避けたが、相手はすぐさま方向転換すると俺の喉元にそれを突き付けた。


「そこまで!」

「……クソっ」


また反撃することもできずに終わった事に思わず悪態をつくと、俺に勝った目の前の男が腹の立つ顔で笑う。
だからコイツとはやりたくねぇんだよ。


「三カ月も経つってのにこの様かァ?鬼の副長様も大した事ねェな」

「まぁそう言うな、全く進歩が無い訳では無い」

「……そりゃどうも」


その反応が気にくわなかったのか、男…高杉は竹刀を桂に放り投げると武道場を後にした。
桂は手慣れた様子でそれを拾い上げると、すまんな、と困り顔で俺を見た。


「俺は構わねぇが…」

「本当は高杉より銀時の方が良いんだろうが、奴も中々忙しくてな」

「少し前までは万年マダオだった癖にな…」

「そう言うな。貴様とて幕府の飼い犬から攘夷志士へと華麗なる転職を果たしただろうが」


華麗かどうかは知らないが。
俺は三カ月程前に、幕府お抱えの武装警察真選組副長の肩書きを捨てた。
肩書きだけでなく、真選組も幕府も。


「土方さーん、そろそろ俺もやりてぇんですがねィ」

「わかってるっつの…ほらよ」

「丁度いい、ならば俺が相手しよう」


高杉が押し付けた竹刀を片手に桂が笑う。


「へぇ、アンタとですかぃ。そういや鬼ごっこしてた時は逃げ回ってばっかでまともにやったことはなかったな」

「逃げの小太郎の名は伊達では無かっただろう?」

「そうですねぃ…!」


向き合った二人は合図も無く打ち合い始める。
部屋中に響く竹刀の音を聞きながら、蚊帳の外へ放り出された自分はさてどうするかと考えてみる。

俺達が何故こんな所にいるかと聞かれれば、幕府…あるいは天道衆への恨みからだ。
何の前触れも無く近藤さんが連れ去られ、連絡も無いまま、一週間、一ヶ月と月日が過ぎていき、痺れを切らして山崎を密偵に送った。
そして近藤さんが投獄されている事実を知った。
愕然とした。
近藤さんはお上の命に背く事など何一つやっちゃいない。
だが、山崎によれば、『謀反の疑い有り』という事により投獄されたらしい。
そんな巫山戯た事があってたまるか、と抗議したものの、そのような事実は無いとはぐらかされた。
それからだ、事態が急変したのは。
吉田松陽の死が偽装されたものだという情報が一部で流れた。
その報で、対立していた桂一派と鬼兵隊は合流、更には攘夷活動から足を洗った筈の快援隊社長の坂本辰馬が攘夷志士として復帰。
そして。
万事屋が子供達を引き連れ、桂達の元へと集まった。
奴等の間で何があったのかは知らないが、その対応の早さは驚くもので、それから一週間とたたない内に幕府高官の襲撃を企てているという情報が真選組にもたらされた。










 
  
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