頂き物

□明日を紡ぐための現在
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一面の朱色に頬が緩む。ようよう姿を見せ始めた太陽は地平線を染めて、その色を頂上へ伸ばそうとしていた。

「きれーな朝焼けじゃあ」

この色が好きだった。ずっと小さい頃から、無駄に早起きしてはまだ暗い空を縁側から見上げながら、朝焼けはまだだろうか、まだだろうかと待ち侘びて。結果、風邪を拗らせたことが何度あっただろう。幼い頃の思い出に自然と笑溢れていると、やがて人の動く音が聞こえてくる。寝床から起き上がる音、話し声、水の音、朝餉を用意する小気味よい音。普段、辰馬は遅くに寝て遅くに起きる。戦に参加してからずっとそんな生活リズムだったが、本当に時折、明日は綺麗な朝焼けが拝めそうだと判断したときだけ空も白まぬうちから起き上がるのだ。

「おはよう、坂本」

「おっ。今日も早いのお」

「そうか? こんなものだろう。お前たちが遅過ぎるのだ」

辰馬の脇を通って水場へと向かって行った桂は、辰馬の知る限りもっと早くに寝床から抜け出して活動しているのだが、それを知る者は少ないようだった。幹部でもその半数は知らないようだ。更に下になれば果たして何人知っているだろう。けれども桂がしていることはこの陣営では桂にしか出来ないから、致し方ないことなのかもしれない。少なくともまたまだ新参の辰馬には意見しずらい。ただ、桂はそのきりりとした見目形に似合わず頑固であるから誰が言ったところで大人しく聞き入れてはくれないだろう。有無をいわさず布団に入れれば或いは諦めてくれそうだが、先述の通り辰馬は新参であるし、他の幹部が束になってもすげなく追い返されそうだ。実力行使をするにも相手の実力はこの陣どころかこの長きに渡る攘夷戦争そのものを通しても上の方に位置している。彼と同郷であるらしいあのどちらかならば可能なのだろうが、動く気配はなさそうだし、二人揃って愉快犯かつ事態を斜め上に暴走させる達人であるからそれは止めろと、来たばかりの頃に辰馬の世話をしてくれていた攘夷志士の先輩に言われている。桂があれに混ざるともう兵器だからな? と遠い目をした先輩に何があったのだろう。ちなみに、その先輩に桂たちと同類と分類されていたことを辰馬は知らない。

「辰馬ァ〜」

「んお? 金時ぃ! おまんも今朝は早起きってイタタタタタタ!」

「金じゃねーんだよ銀なんだよ。いい加減分かれよ、テメーのクルクルパーは脳味噌までクルクルパーなのか? あん?」

彼の指が辰馬の耳を引っ張りながらぎりぎりと捩じるような動きで不服を訴える。何時もより声が低く、機嫌が悪いらしかった。きっと赤くなっているだろう熱を持った耳を擦り、辰馬は酷い酷いとぶつくさ言いながら並んで廊下を行く銀時から静かに視線を外した。
朝餉まではまだ時間がある。当然である、陽はつい先刻昇ったばかりなのだ。奇襲でもない限り、自分には出番はない。先述した通りまだ新参の身である故に、辰馬は戦場に於いても然程重要な立ち位置には置かれないし、それはこの拠点の防衛に関しても同じだった。自分と同じく土佐から合流した途中参加の志士の中にはそれを不満に思っている者もいるが、こればかりは致し方ないと大半の者はしっかり理解出来ているようだった。理解出来なかった者は、これから先も重要な立場になることも、本気の信用を任されることもないのだろう。

「よう、坂本」

辿り着いた広間は、やはりまだ人も疎らで膳すら並んでいない。それでも朝餉を用意する持ち回りを任された男たちがバタバタと動き回っている。銀時は既に広間の隅に座っている。自分は、ただ入口に立ち尽くす。五分ほどそうしていただろうか。いきなり背後から声をかけられ、珍しいと思いながら振り返った。

「おんしも今日は早いのお。……雨降りそうじゃ」

「どういう意味だそれ。俺より銀時の方が珍しいだろうが。なァ?」

皮肉気に言って腕を組んだ高杉は隅にいる銀時に気付かれないように、半歩下がって従者の真似ごとをしていた三郎に同意を求め笑いかけた。若いながらもその実力とカリスマで自分の部隊を作り率いる高杉と、新参ながら柔軟な思考と免許皆伝の腕前で頭角を現す辰馬の会話に、まさか自分が巻き込まれるなど想像していなかっただろう三郎は、は? っと気の抜けた声を上げた。慌てて高杉の反応を見て、気を悪くしていないか確認してから自分を窺うのを、まるで何も知らぬという笑顔の下でひそりと笑った。狂ったように強いこの男も、随分と慕われている。ふふ、と何時もの笑顔をすこうしばかり深める。ふと、わたわたとどう答えたものか口を濁らす三郎に助けを求める様な目を向けられた。

「ほー。そりゃえいこと聞いたぜよ!」

からかっちゃろう! とにんまり笑って見せれば、高杉はそれを想像したのか、ふっ、と控えめに吹き出した。どことなく、育ちの良さを感じさせた。三郎は高杉に気付かれない死角で胸を撫で下ろしている。
ああ、いいなあ。
辰馬はいつの間にか青く染まった空を背に微笑んだ。


明けの明星

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