二匹ノ獣
□一章 獣ノ再来
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照りつける太陽の元、民家の屋根の上を走る影が二つ。
1つは白銀、もう1つは赤。
「………ねぇ銀ちゃん、これからどこ行くアルカ?」
「んー、決まってはいるけど、とりあえず連絡してからじゃねぇと行けねぇからな………」
「銀ちゃん?」
銀時は立ち止まると、懐から白い携帯電話を取り出した。
「銀ちゃん携帯なんて持ってたアルカ!?ずるいヨ銀ちゃん!私も欲しいネ。」
銀時をガクガクと揺さぶる神楽をなんとか止めると、銀時は神楽に小指を出した。
「ほら、今度お前にも買ってやっから。……まぁ、俺の金じゃねぇけどな。」
「本当アルか!?約束だヨ?」
神楽はそう言って銀時の小指に自分の指を絡ませた。
「あぁ。買ってやるよ。」
そう言いながら指切りげんまんを済ませると、銀時は携帯をいじり、誰かへ電話を掛けた。
「もしもーし。………あのさ、今江戸にいる?………うん。あー、ならさ、今から行ける?急用でさぁ。というか、できれば長期間泊まらせて欲しいんだけど。………マジ?サンキュー。じゃ、今から行くからー。」
ピッという音が鳴ると、銀時は通話を終えた。
「んー、行けばわかるって。まぁ、お前にはあんま良い思い出ないかもしれないけどな………とりあえず、気ぃつけろ。」
「??」
神楽はよくわからなかったが、銀時が再び走り出した為、慌てて後を追いかけた。
十五分程屋根の上を走り続けると、住宅では無く、倉庫などが立ち並ぶ海へと出た。
神楽は、一度この場所に来たことがあるような気がした。
しかし、それは嫌な思い出しかない時。
「銀ちゃんここ………帰ろうヨ、危ないネ。」
不安そうに銀時の着物を引っ張る神楽に、銀時はフッと笑うと、大丈夫だから。と言った。
そして、ある船を見つけるとそちらへ歩き始めた。
神楽はその背を慌てて追う。
二人が歩いていると、どこからか足音が聞こえた。
とっさに神楽が物影に銀時を引っ張り隠れる。
「銀ちゃん………」
神楽が不安そうに銀時を見る。
「大丈夫だ。」
そして、足音はどんどんと近づいてくる。
神楽はたまらなく不安になり、銀時の着物をグッと掴んだ。
近づいてきた足音が止まった。
そして、見つかった。
「誰だ!そこにいるのは!」
「おとなしく出て来い!」
ジャキ、という刀が鞘から抜かれる音が二つして、神楽が銀時の着物を掴む力を強めた。
恐らく、この場所にいるということは攘夷浪士だろうと思ったからだ。
しかも、きっとそれは、前に戦った者。
「ちょっと待ってろ。」
しかし銀時は物影から出ていった。
神楽は物影からコッソリと顔を出した。
勿論気づかれない程度に。
銀時が捕まえられるのではないか……そんな気がしたのだ。
しかし、神楽が思っていたこととは反対のことが起きた。
銀時が物影から出ると、二人の攘夷浪士は刀を持つ手を緩めた。
「よぉ。」
「あ、坂田さんでしたか。」
「すいません、幕府の駒かと思いまして………」
……………え?
神楽は眼を疑った。
だって、銀時が敵と極普通に接しているのだから。
「別にいいんだけどさ。えっと………石岡君……だっけ?」
というより、何で銀時が敵の名前を知っているのだろうか?
神楽の頭は只今絶賛混乱中である。
声をかけられた攘夷浪士は、えっ?とポカンとした表情をしばらく浮かべていたが、頭を1つ振ると、頷いた。
「はい、俺は石岡ですけど……覚えていだけてたんですね!」
「まぁ、よく話したりしてたしな。で、石岡君。」
「あ、なんでしょう?」
神楽が石岡と呼ばれた青年を見ていると、名前を覚えて貰えていたのがよっぽど嬉しかったのか、ニコニコと笑っていた。
「晋助のトコ連れてってもらえる?」
そう言って石岡と同じようにニコリと笑う銀時。
銀時の一言で、神楽はピシリという音を立てながら固まった。
(なんで、なんでヨ銀ちゃん!?なんであの片目のとこに!?)
神楽は先程よりも、更に混乱していた。
「勿論いいですよ。じゃあ、行きましょうか。」
「あ、ちょっとストップ。」
石岡を止めた銀時は、神楽の方に歩いていった。
「神楽ー、行くぞー。」
極普通にそう言ってくる銀時に、神楽はキレた。
「いいかげんにしろヨォォォ!いったい何がどうなってるネ!?何がどうなったら片目の所に行くことになるアルカ!?」
ガクガクと銀時を揺さぶる神楽を、石岡ともう一人の鬼兵隊隊士が必死で止めようとするが、夜兎の神楽には効かない。
「神楽、ストップ!ストォォォップ!説明するからぁぁぁ!」
すると神楽は銀時を揺さぶるのを止めたが、ムスッとした表情で銀時を見つめていた。
「さっさと説明しろヨマダオ。」
鬼兵隊二人は、マダオって………などと思っていたが、黙って二人を見ていた。
「神楽、あとで晋助にも説明しなくちゃいけない訳。だからさ、そん時一緒に聞く………んじゃ駄目か?」
それを聞いても神楽はまだムスッとしていたが、黙って銀時の着物を掴み、グイッと引っ張った。
「神楽………?」
銀時と、鬼兵隊二人の合計三人が神楽を不思議そうに見ていると、神楽はボソッと呟いた。
「……行くアルよ。」
それに対して銀時はフッと笑うと、石岡達を一度チラリと見やり、声を出さずに『案内よろしく』と口パクで伝えると、神楽が引っ張るのについていった。
慌てて鬼兵隊二人がその後を追う。
そして。
「では、こちらです。」
「ん。あんがと。」
高杉の部屋の前まで来ると、石岡達は銀時に一礼すると、クルリと後ろを向き去っていった。
「晋助ー、入るぞー。」
銀時がゆっくりと襖を開け、室内へと入っていく。
神楽は少し気後れしたが、意を決すると、ゆっくりと入っていった。
そこには、いつかと同じくキセルを悠々と吹かす高杉がいた。
窓の外を見ていた高杉だったが、二人が部屋へと入ると視線をこちらへ向けた。
そして、神楽を見ると、疑念の篭った眼で銀時を見た。
「おい銀時ィ、なんで夜兎まで連れてきた。」
不機嫌を隠そうともせず、高杉が銀時に問う。
しかもその右手は腰の刀に添えられている。
それに気づいた神楽は、銀時の着流しを握った。
「そんな怒んなよ。ちゃんと理由は説明すっから。」
苦笑いを浮かべながら、銀時は床に座った。
それを見た神楽も銀時のそばに座る。
高杉は窓を開けたまま、窓の淵に座り、キセルを吹かしている。
しかしその深緑の瞳は銀時に向けられたままで。
「で、何があった。」
「んー、簡単に言うとー………バレちった。」
「…………幕府の駒も意外とやるじゃねェか。」
それを聞き、ククッと嗤った高杉は、キセルを吸い、ゆっくりと吹き出した。口端はつり上がり、さも可笑しいと言わんばかりの表情だった。
そして銀時も高杉につられるように、少し口端を上げ、高杉を見た。その瞳は神楽の知っている、優しさに満ち溢れた眼でも、何かを護るときの強い眼でも無く、何の感情も映していない瞳。
「まぁ、思ってたより、真選組もやるみたいだねぇ………あと一ヶ月くらいはもつと思ったんだけど。」
「資料もほとんど無かったはずなんだけどなァ…………」
「まぁ、攘夷志士の誰かが吐いちゃえばすぐバレるけど。」
自分の隣でフッと自嘲気味に笑いながら言う銀時が、どこか、壊れてしまいそうな程儚く見えて、神楽は銀時の右手をぎゅっと握った。
銀時はそれを僅か驚いたような表情で見た後、優しく微笑んで神楽の頭を優しく撫でた。
「銀ちゃん、私は絶対銀ちゃんの傍にずっといてあげるからネ?」
神楽が青い瞳を不安そうに揺らしながら言うと、銀時は嬉しそうに微笑んだ。
「………ありがとよ。」
「……………で、テメェはこれからどうするつもりだ。」
「あ?電話で言っただろ、しばらく泊めろって。」
「………………つまり?」
銀時は一度眼を閉じると、一息ついて、眼を開けた。
その瞳は、何かを決意した眼。
「………俺を、鬼兵隊に入れてくれ。」
それを聞いた途端、神楽はバッと銀時の方を向いた。
「銀ちゃん………本気アルカ?」
そう聞いてくる神楽に、銀時はコクリと頷いた。
それを聞いた高杉は、口端を吊り上げ、クツリと嗤った。
「…………本気かァ、銀時?」
「あぁ。………駄目か?」
駄目なら別にいいけど、とつけくわえた銀時を見て、高杉はククッと笑い、キセルの灰を煙管盆に落とした。
「いや…………テメェがいれば百人力だ。テメェは別に構わねェが、ソイツはどうするつもりだァ?」
チラリと神楽を見て言った高杉に、神楽は困ったような顔をした。
神楽が銀時を見ると、銀時は、自分で決めろ。と、優しく言った。
「………銀ちゃんが入るなら………私も入るヨ。」
「そうか。…………銀時ィ、テメェ丁度良い時に来たなァ。」
クツクツと笑いながら言う高杉に、銀時が何のことだ、と問うと、高杉は部下を一人呼んだ。
「アイツ等を呼んでこい。」
「わかりました。」
鬼兵隊の隊士は一礼すると部屋から出て行った。
「高杉、アイツ等って誰だ?」
「少し待ってろ、テメェに会えば、喜ぶと思うぜェ?」
銀時は多少不服なようだったが、言われた通りにしばらく待っていると、先程の隊士が戻って来た。