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□泡沫の記憶 1
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あの瞬間から、ずっと同じ時間を繰り返しているような感覚に取りつかれている。
純粋な狂気に絡め取られまいと足掻いて、結局、あの男の言うとおりになった。
乗り越えられると思っていたのに、実際にそれを目の当たりにした瞬間、己の甘さを知った。
焦がれた相手の肉を貫く感触は、未だに手を痺れさせている。
掌から伝わったそれは血の流れに乗って全身を支配し、心を支配していった。
そんな中にあって、唯一己が求めたもの…
「行くぞ」
「行くって、何処へ」
雨が降りしきる中、後ろを振り返ることなく前を向いたまま口を開いた。
「トシマを出る」
それだけで、背後に付き従う男は黙ってそれを受け入れたようだ。
ほの暗い下水道を歩く中、まだ熱を持っていた手は少しずつ冷え、指の筋肉を強張らせていった。
(温かい…)
相手の身体は冷え切っていたのに、何故かそう感じた。
人の感触とは、これほどまでに穏やかな心地になれるものなのかとその時気づいた。
普段は話さないようなことを、この時話したような気がする。
相手の心に自分を残して、自分自身は壊れていく。
そんな退廃的な考えが過ぎり、それもまたいい、と思った。
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