その他
□捨てられない感情
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ヴィンセント・ナイトレイの自室は昼間でも薄暗く、彼が鋏で切り刻んだ人形の残骸が散らばっているため、エコー以外は極力誰も近づこうとしない。
しかし今日はナイトレイに居ることもほとんど無いヴィンセントの最愛の兄が部屋に訪れていた。
「珍しいね、ギルが僕の処に来るなんて・・・。何かあったの?」
実の兄が部屋に来ることは一般的には珍しいことでもないのだが、ギルバートが来ることなど滅多にないため驚きを隠さずに言う。
「いや、最近は違法契約者も増えてきているし大丈夫かなと思っただけで。」
特に用があったわけではない、と苦笑を交えつつ言うギルバートの姿にヴィンセントは優しく微笑んだ。
「どうした?」
「やっぱりギルって優しいよね・・・。」
衒いもなく言われた言葉にギルバートは恥ずかしそうに頬を赤く染めつつ、視線を逸らす。
「そんなギルが僕は好きだよ・・・?」
ギルバートは少し戸惑い困ったように笑った。
(きっとギルは遊びだと思っているんだろうな)
彼は子どもの戯れ程度にしか考えていないのだろう。
「そういえばギルは義父様に挨拶してきた?してった方が良いと思うよ。」
先程の告白など無かったように話題を変えるヴィンセントに脱力感を覚えたが、言っていることはもっともなので踵を返す。
「じゃあ、また。」
「うん。またね兄さん。」
そのまま肩越しに挨拶してギルバートは部屋から出て行った。
ぱたん、と控えめにドアを閉める音と共に座っている姿勢を崩す。
服がソファの生地に擦れる感触が背中から伝わり、ため息を吐いて呟く。
「本当、なんだけどね・・・。」
「相変わらずです女々しいですネェ、貴方は。」
気配は無かったはずなのにいつの間に入ったんだ。
そう思い声の主が居る方に顔を向け、うんざりしたような表情を浮かべ、あからさまにため息を吐く。
相手は気にした素振りも見せず、馬鹿にしたような笑みを零す。
「ご機嫌麗しゅう、ヴィンセント様。」
「・・・それ、嫌味だよね。」
「そうとってくれて構いませんヨ?」
「帽子屋さんも相変わらず性格が歪んでるね・・・。」
もう一度ため息を吐き、天井を仰ぐ。
こういう時に限って自分の前に現れ、嫌味をつらつらと並べてくる。
「・・・今度からドア、鍵掛けようかな。」
「私にとっては鍵が掛かっていようがいようがいまいが関係ありませんけどネ。」
軽く不法侵入発言するも、本人は平然と菓子を食べている。
何しに来たんだろう、とか早く帰ってくれないかな、とか思うが口に出すのも面倒で言葉を飲み込む。
そんなヴィンセントの様子を目敏く見つけ言う。
「なにか言いたいことがあるなら言った方がいいですヨ。」
「言いたいことなんて無いよ。別に。」
「ヘェ、お兄様にはあんなに素直に言っていたのにネェ?」
ぴくりと眉が動き、鬱陶しげな目で見る。
ヴィンセントの反応を面白がるようにブレイクは嘲りを含んだ表情で近づく。
「そんな感情、持っていても自分が傷つくだけだって本当は分かっているのでショウ?なら・・・。」
徐々に距離を縮め、ヴィンセントの前で立ち止まる。
「いっそのこと捨ててしまえばいいのに。」
先程とは違う苦々しさと真剣さを漂わせる声音に、少し目を見開きつつヴィンセントは微笑んだ。
「優しいね、帽子屋さん。」
「貴方が馬鹿なだけなんですヨ。」
ギルバートに言った言葉と似たことを言えば、ブレイクは吐き捨てるように言葉を返す。
ヴィンセントは薄く微笑んだまま、立ち上がりブレイクに倒れ込むように抱きつく。
「知ってるよ。でも好きなんだよ・・・。」
知っている。どんなに想ったって伝わることなど無いことを。
それでも捨てられない。
「だから、ごめんね。・・・ブレイク。」
ブレイク、と呼ぶことでヴィンセントが本気だと言うことが痛いほど分かる。
だからこそブレイクは何も言わない。
「・・・・。」
「やっぱり優しいよ、帽子屋さん。」
「・・・貴方はやっぱり馬鹿なんですネ。」
ヴィンセントの声は言葉とは反対に弱々しく掠れ、抱きしめる手も震えていた。
早く、早く、この感情が消えて無くなれば、もうこんな思いすることはないのに。
きっと、貴方のことも好きになれるのに。
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