SS屯所

□衣替え
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「よし、できた…。」
頼まれていた繕いものを終えて、千鶴は縫い針を裁縫箱の中の針山に刺した。
それは、この新選組の屯所で暮らすようになってからするようになった千鶴の仕事。
最初は知人もなく、ましてや命も奪われかねない状況が怖くて、何とか自分の居場所が欲しいと…、今はとにかく、何か少しでもお世話になっているみんなの役に立ちたくて、隊士達の洗濯物や縫い物、食事当番、その他の家事全般をやらせて貰っている。
「これは永倉さん、これは平助くんで、こっちが原田さん。あとは…」
…これが、沖田さん、と、一際丁寧に畳まれた浅葱色の羽織を見た。

暦が水無月になり、着物がそれまでの袷から単衣になった。そして、文月になれば単衣がさらに薄物へと変わりゆく装束だが、月が変わっても変わらないものもある。
それが、…………この浅葱ダンダラの隊服で、これだけは、己の着物が袷だろうが、単衣になろうが替わることはない。
その、泣く子も黙る新選組の隊服、“浅葱ダンダラ”を千鶴はそっと、手に取った。
沖田の隊服には一つの破れもほつれもない。
けれども、誰よりも多くのシミがある。
それは、彼の浴びる返り血が他の誰よりも、多いから。
局長近藤の親衛隊である一番隊の隊長として、いかに沖田が不逞浪士の輩を斬っているか…ということだけではなく、彼の得意技が三段突きである、ということも関係しているらしい。

例えば、三番隊隊長の斎藤一は居合いを得手としているが、居合いは殆ど血しぶきが上がらないらしい。
けれど、沖田の得手である三段突きは大きな血しぶきが上がるのだ、と、いつだったか、平助から聞いたような気がする。
シミの多さは、沖田がこの新選組に多大な貢献をしている、ということだけではなく、より多くの修羅場をくぐってきた証でもある。
千鶴は、洗っても洗っても、どうしても落としきれずに残っているシミを、そっと指の腹で撫でた。
「何にもできない私の代わりに、どうか…沖田さんを守ってね。」
誰にも聞こえないような声で呟くと、千鶴は手にしていた沖田の隊服をぎゅっと抱きしめた。

あくまでも居候で、新選組隊士ではない自分には羽織ることのできない隊服。沖田が危険な時に側にいられない自分とは違い、いつも彼と共にある隊服。

だから。
千鶴にとってこの隊服は、二重の意味で憧れなのだ。
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