SS屯所
□いちごミルク
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自宅のキッチンで、千鶴はいちごの準備をしていた。ピチョンと、時折蛇口から水滴が洗い桶へと落ちる。
その洗い桶の中に、近藤からもらったいちごはプカプカと浮いていた。
いちごは思ったより多くて、千鶴は包丁でヘタを取りながら、ちょっと夕飯のお皿に乗せようかなと、そこから5、6コを別の容れ物に取り置いた。
調理台の上に2つ並べられたミッキー柄のガラスの器には、ヘタを取り食べやすくされたいちごがキレイに盛られている。
「これでいいかなぁ…。あとは…」
片方のいちごに、自分用に砂糖と牛乳をかけてから、千鶴はもう片方のいちごを見た。
一応、沖田先輩に聞いた方がいいよね?
自分はこれが好みの食べ方だけど、総司は練乳派かもしれないし、そもそも何もかけないかもしれない。
千鶴は階段の下に行き、声を掛けるために上を見上げた。
『部屋に小さい折り畳みの机があるので出しといてもらえますか?』
と、千鶴が頼んだので、総司は自分の部屋でそうしているハズだ。
沖田先輩?と、呼ぶために息を吸ったところで
「あ、千鶴ちゃん。机出しといたよ?」
総司が姿を現し、階段をおりてきた。
トン、トンとゆっくりとした足取りで降りてくる彼の姿に、千鶴はしばらく釘付けになる。
こういうなんでもない仕草まで、総司はかっこよくて思わず見とれてしまう。
ぽーっとした様子で見つめている千鶴に、総司が「ちーづーるーちゃん?」と人差し指で額をちょんちょんとつついた。
「へ?」
「『へ?』じゃなくて。どうかした?そんなに見つめられると穴があきそうなんだけど?」
総司はぐっと顔を近づけて言った。
それは少しでも動いたら唇が触れてしまいそうな近さで…。
「……っ…。」
千鶴は思わず後ろに2、3歩さがる。
「で、どうかした?もう準備できたの?」
わかりやすくうろたえている千鶴とは対象的に、総司は何事も無かったように聞いた。
「え!…っと…ああああの!沖田先輩は、いちごにかけるの何がいいかと思って…」
「ああ、僕は練乳が好きだけどないならべつに」
「あります!練乳」
「そう?じゃあそれでお願い」
「はい。あ!沖田先輩は先に上がっててください。すぐに行きますから」
そう言って総司を二階に上げると、千鶴はパタパタと冷蔵庫へと駆け寄った。
良かった、聞いてみて。
薫が使っている練乳のチューブを拝借していちごを盛った器やフォークと共にトレイの上に乗せる。
それを持って、トントンと階段を上がっていくとこちらを向いている器のミッキー二匹が、自分に問いかけてくるように見えた。
『ちづるー。今、ちづるは沖田センパイとこの家に2人っきりだよ?』
『そうそう、ふーたーりーきーりー!』
「………っ…。」
意識したら、途端に胸がドキドキしてきた。
自分が回りくどく避けようとしていたことを、本当は期待していたような気がして…。
っていうか、私、何考えてるの?
途中で立ち止まってしまった階段の真ん中で、千鶴はギュッと目を瞑りぶんぶんと首を振った。
二階の自室からは「千鶴ちゃーん、まだー?」と、自分を呼ぶ総司の声が聞こえてくる。
「大丈夫よ、ここは私の家なんだし…。」
千鶴はまた階段を上がり始めた。
『ホントはーー』
『期待してるんじゃないの?』
ミッキーたちがまた何かを言った気がしたけれど、千鶴は聞こえないふりをして階段を昇りきった。