SS屯所

□衣替え
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千鶴がその憧れを抱きしめたまま、そっと、唇を寄せた瞬間に。
「千鶴ちゃん、僕、沖田です。入るよ?」と。
自分が返事をする間もなく、その声と共に部屋の襖が開けられる。
ハッとして、急いで顔を上げ「は、はいっ、どうぞ」と返事をするも、その時には既に沖田の姿は自室の内にあり…。
ちょうど彼のことを考えていた時に、突然その姿を目の前にすることになり、千鶴の声は自然に上擦る。
「………えと、沖田さん…何でしょう?」
努めていつも通りに答えたつもりだったのに、彼にはそんなごまかしなど通用しない。
明らかに動揺した様子の千鶴に…沖田はニッと、楽しそうに口の端を持ち上げた。
「…あの…、沖田、さん?」
尋ねる千鶴に笑い顔を向けたまま、沖田は後ろ手でパシンと、襖を閉めた。そして…。
「うん。用事があったから来たのには違いないけど…、最初の用事からは内容が変わっちゃったかな…。で、千鶴ちゃん、何でそんなにうろたえているワケ?」
ん?と聞きながら、一歩一歩、沖田はゆっくりと足を進めながら千鶴に近づいてくる。
「…別に…うろたえてなんか、ないです…。」
無駄とは思いつつも、千鶴も一応の抵抗を試みる。けれど…。
「ふぅん、そうかなぁ?僕にはそうは見えないけど…。あ、わかった。何か僕に見られちゃマズいコトでもしてた…とか?」
沖田に図星を指されて、千鶴は自分の顔が一気に真っ赤になるのがわかった。
「ち、違います!…そんな。」
と、答えてからハッとした。
今、そう言った自分が大事に胸に抱えているのは…目の前にいる彼の隊服だ…。
「……っ…。」
千鶴は慌てて、抱えていた隊服を畳の上にポスンと戻した。
その一連の行動で沖田はおおよそのことを察したのか、ますます口角を上げて詰め寄ってくる。
「ね、千鶴ちゃん?どうして黙ってるの?僕にはどうしても、知られたくないこと?」
「…………。」
何と言われても答えられないから、千鶴は俯いていた顔を逸らした。
へえ、どうしても言わないつもりなんだ、と沖田はさらに千鶴との間合いを詰めた。
こんな髪の毛ほどの間合いを詰めることなど、沖田にとっては赤子の手を捻るよりも簡単なことだろうに、敢えてゆっくりと近づいてくるのは愉しんでいるからか…?
「人間てさ、隠されると余計に知りたくなるって、知ってた?千鶴ちゃん。」
沖田の声が耳元で聞こえたような気がした。
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