SS屯所

□衣替え
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気がつけば、彼と自分の間にあった距離らしきものは殆どなくなっていて…。
千鶴は反射的に後ずさった。
「本当に、違います…。本当に、そんなんじゃ…。」
挙動不審で、顔も真っ赤で、違います、と言ったところで彼にはお見通しだとわかっているけれど、本当のことなんて言えるわけがない。叶うとも思っていないが、それでも…。この…自分の想いは、どうあっても秘めないと…。

どう取り繕ったところで、隠しきれてはいないから、気持ちなどわかりきっている千鶴との間を確実に詰めてから、沖田は攻め方を変えた。
「ま、どうしても言いたくないならいいけど…。それよりさ、僕の洗濯物ってもう乾いてる?」
「え?…あっ、ハ、ハイ!」
何だかよくわからないけれど、見逃してもらえた?と、千鶴は一瞬気を緩めたけれど、直ぐに気がつく。
「あっ…えと…。」
沖田が見逃す…なんてことは、例え太陽が西から登ったとしても有り得ないのだ。
「隊服なんだけどさ、乾いてるよ、ね?」
「……は、はい。あの、お、沖田さんのは…。」
そこまで言いかけて千鶴は口を噤んだ。
今日、自分が預かった洗濯物の中に、隊服はさっきの一枚だけ…だったのだ。
「……あ……その……。」
どうしよう?どうしよう?と、千鶴はまた後ずさった。
「乾いてるよねぇ?…だって隊服、この中にはさっきキミが抱えていたソレしかないもんね?」
沖田は何もかもわかっていて、そう聞いた。
直ぐにでもここから逃げ出したいけれど、既に千鶴にはそれ以上下がる空間さえなく…。
「あ、あの…、すみません、すみません。今すぐにたたみ直しますから。」
今にも泣きそうな顔で、慌てて隊服を取ろうとする千鶴の手首を、沖田は逃さずに掴んで壁に押し付けた。
きゃっ、と、あがる、微かな悲鳴…。
「……お、沖田さん…?」
「ん?なぁに?千鶴ちゃん。」
「あの…手を…、離して、下さい…。でないと、たためません…。」

こんなに追い詰められてもまだ、他人の衣服を気にしている千鶴の、なんと無防備で…、ウブなことか…。

これだからね?

と、沖田は嬉しくて笑いが止まらない。
「あぁ、うん、まだ、それを使うまでには時間があるから、直ぐにたたまなくても大丈夫、かな?それよりさ、千鶴ちゃん、どうしてあの隊服、抱えてたの?」

教えてよ、と言った沖田の翡翠色の瞳は、もう直ぐ目の前に来ていた。
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