SS屯所
□2人のセカイ
1ページ/5ページ
その日、久しぶりに羅刹の吸血衝動に襲われた。
この雪村の里に来てからは、自分が羅刹でなくなったのかと思うほど何もなかったのに。
千鶴は、僕が羅刹になったのは自分のせいだと思っている…。
こんな姿を見ればまた泣きそうな顔になるのはわかっている。
だから、千鶴には気がつかれないようにそっと外に出てやり過ごすつもりだったのに、本当に久しぶりだったからか上手くごまかせずに結局、彼女に気付かれてしまった。
「総司さんっ!!」
ほら、やっぱり…。
僕を見つけた千鶴は、今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ってきた。
僕はそんな彼女から、ふいっと顔を背けた。
泣き顔を見たくないのもあったけど、衝動を押さえきれなくなるのを防ぎたかったから。
そうしないと、千鶴の血の味を知っている僕の本能はきっと…再びその味を求めてしまうだろうから…。
それと、もう一つ…。
だけど、そんなことをしても、千鶴に見つかった時点でもう既に手遅れなんだ。
「総司さん、総司さん!大丈夫ですか?…すぐに私の血を…。」
「………っ…、ち、千…鶴っ…ダメだ、…あっちに行って!!」
そんな僕の声にもお構いなく、襟元を広げて首筋を出した千鶴の手には、あの小太刀…。
それを、千鶴は躊躇なく首筋に当てた。
「……ぅ…ダメだ。」
「総司さん!…でも…。」
小太刀を取り上げようとした僕の目に…、きっと赤くなっているだろう僕の目の前に晒されたその首筋は…。
白くて…、その白の中に薄青い血管が浮かんでいて。
一度覚えてしまったあの味を呼び起こして、一人で何とかしようとしていた僕の戦意をあっさりと奪った。
本当は…、千鶴を傷つけたくなんかないのに。この世のどこに、好きな子の体を傷付けて平気でいられるヤツがいるだろう?
なのに、僕はもう、その血を求める衝動に抗えない。
「…………っ……貸して…。」
千鶴の手にある小太刀から、彼女の指を一本、一本、剥がしていき、それを取り上げた。
「僕がやるから…。」
そう告げると同時に、スッと、線を引いた。
途端に、溢れ出る、赤い糸。
「…千鶴、…いつもごめんね。」
傷口から背中へと流れるその一筋を舌先でなめてとってから、千鶴の首筋へ唇を当てた。
触れた瞬間に千鶴の体がビクリと震えた。