Museum

□桜の時
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白いセーラー服の彼女はとても綺麗だった。
3年間着古されたはずの制服はそんな事を感じさせないほどに、汚れもしわもない。
それがまるで彼女自身のようだと思った。
舞い散る桜の中、友人たちと互いに写真を撮り合い無邪気に騒ぐ姿は、常と変らず愛らしい。
そう思い頬に浮かぶ笑みを隠しきれないままでいると、彼女がこちらを向いた。
来ることは伝えていなかったから、驚かせてしまうかと思ったが。
視線が交錯した瞬間に、逆に驚かされた。
つややかで長く黒い髪も、あどけなさの残る顔立ちも、細い肢体も。
すべていつもの秀麗と同じはずなのに。
俺を一瞬で射抜いたその視線には、常の彼女が身にまとうことのない色香が漂っている。
呼び寄せようと挙げた右手を、そのままに俺は固まった。
秀麗が近づいてきてようやく、己の間抜けさに気がつき、手を降ろす。
祝いの言葉は、何とか口にすることができた。
「秀麗。卒業、おめでとう。」
「せんせい、わざわざありがとうございます。」
秀麗が無事に大学に合格し、家庭教師と生徒という関係には終止符を打った。にもかかわらず、秀麗は相変わらず「せんせい」と呼ぶ。そう呼ぶときの彼女の顔を見ていれば、その呼び方が特別なものだと分かる。親愛と尊敬のこもった瞳。だが、俺は自分の中に沸いた飢渇を持て余していた。もっと、こう…。
「せんせい、お昼まだですか?」
そんな俺の気持ちには気付く様子もなく、秀麗が尋ねる。
「あ、あぁ。まだ、だが。」
そう答えると、秀麗は蕾が綻ぶ様な表情を見せる。
「良かったら、うちで、食べていってくださいませんか?」
「卒業祝いだ。どこかうまい店に連れて行ってやるぞ。」
「いいえ、お世話になったせんせいに、お礼の食事をご用意したいんです。」
そう言うと秀麗は、俺の手を引き、自宅へと歩き始めた。
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