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□『ミヤマカタバミ』
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若葉が香る、春の匂い。
そよ風が回廊に佇んで庭院を眺めている絳攸の銀髪を優しく揺らしている。
じっと庭院を見つめる友人の姿を見つけた楸瑛は、最近顔を見ていない彼の妻を思い出して声をかけた。
「やあ、絳攸。奥方殿の調子はいかがかな?」
「……ああ、楸瑛か」
普段楸瑛が、さらにそれに秀麗が絡んでいたら機敏に反応する絳攸がぼんやりと視線だけを返してきたので、楸瑛は笑顔で片手を上げたまま、しばしの間固まった。
そよそよそよ、と二人の間を風が流れていく。
やがて復活した楸瑛は、もしや、と不意に己の胸を過ぎった不安を口にする。
「その……絳攸?もしかして、秀麗殿に何かあったのかい?体調が芳しくないとか」
「え?…………ああ、それは違う」
絳攸は何を言われたのかわからない、といった表情をして、理解が追いついたところできっぱりと楸瑛の懸念を否定した。
ようやくいつもの調子を取り戻してきたのか、楸瑛に向き直る。
「秀麗は元気だ。医者も順調で問題ないと言っている」
「そう、ならよかった。どうも君の様子が変だから、秀麗殿に何かあったんじゃないかと思ったよ」
ほっと胸を撫で下ろす楸瑛に絳攸は片眉を上げ、ぽつりと呟く。
「そういうわけじゃない。ただ少し考え事をしていただけだ」
「考え事?」
そこで絳攸は渋面を作って楸瑛を見据えた。
楸瑛は苦笑する。
絳攸の瞳が素直にこいつには話したくない、だけど話せば何かしら解決の糸口が見つかるかもしれない、ありありとそう物語っていた。
「話してごらんよ、絳攸。君の悩み事、案外あっさり解決するかもしれないよ?」
「……………………実は」
ためらい、たっぷりと間を取り、絳攸は渋々口を開いた。
「秀麗に、感謝の気持ちを伝えたいと思っていて」
「感謝?」
「俺は秀麗から数えきれないほどに多く、量りきれないほどに深い幸せをもらった。それをいま、改めて思うんだ」
ゆるり、と楸瑛は表情を綻ばせた。
「そうかもしれないね、うん、そうだね」
絳攸と秀麗が出会って結ばれるまで、実に三年はかかった。それは劉輝の存在もあったが、彼女自身が抱えたものと、絳攸自身が抱えたものが大きく関係していた。
でも、それらを乗り越えて、二人は夫婦になった。互いに言葉では言い尽くせないほどの幸せを分け与えるような夫婦に。
二人が結婚して、四年。
「だが、言葉だけで伝えるのもなんだか薄っぺらいというか、物足りないような気がして。それで……何かこう、贈り物と一緒にと思ったんだが……」
楸瑛は目を丸くし、吹き出した。
「な、何がおかしい!?」
かあっと顔を赤らめて睨む親友が、ひどく愛おしかった。
秀麗なら言葉だけの感謝でも十分満足するに決まっている。それが秀麗という女性で、また絳攸という男は真摯な言葉に嘘偽りを含ませないからだ。
それなのに、すんなりとはいかないのが絳攸らしく、だから愛おしくて。
「ごめんごめん、あははは……お詫びに助言をあげるよ」
「助言?」
「そう。だって、君は何を贈ったらいいかわからなくて悩んでたんだろう?」
楸瑛は自然涙が滲んだ目元を拭いながら尋ねると、絳攸は憮然と頷いた。
それを受けて、楸瑛は庭院に視線を走らせる。
「多分あると思うんだけど……ああ、あった。絳攸、あれをごらん」
楸瑛が指を差し、絳攸はその指先を追った。
楸瑛は瞳を細めて、友人に教える。
「あれはね、−−……」