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□『madeira sangaree』
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しとしと、しとしとしと…
空を見上げればネズミ色。
絶え間なく降り続ける雨はアスファルトの匂いを孕んでいて、少し気持ちが悪かった。



「お帰りなさい、トキヤくん」


「ただいま春歌、」



春歌は手にしていたタオルで雨で少し濡れたトキヤの肩を拭いたが、終わると同時に抱き締められた。鼻孔を擽る彼女の甘い、甘い甘い香り。



「疎ましいですね、雨は…」


「そうですか?」


「こうやってすぐに、抱き締められなかったので…そう思いました。」


「トキヤくんらしいですね、」


「私らしい…ですか、」


「はい。それに、私雨の日は嫌いじゃないんですよ?」



ソファーに座ったトキヤにコーヒーを出した春歌はピアノへと歩を進め、椅子に座ると指先を滑らせた。



「雨が降ると音が増えるんです。出掛けたりするのには都合が悪いかもしれないですけどね…ショパンの作った雨だれって曲、知ってますか?」


「えぇ。」


「ずっと体調の優れなかった彼は、恋人のジョルジュサンドと一緒に病気療養の為にとある島へ行くんです」



一息吸ってから春歌の指が鍵盤を滑り出して優しい音が流れる様に奏でられる。




「色々説はあるんですが、ジョルジュサンドが外出から帰って来るのをベッドで横になって待ちながら書いたと言われてます。全体的に少し儚げで透き通った感じの曲なんですが、時々晴れ間が覗くみたいに…明るくなるんです。……ほら、こことか。やっぱり寂しかったのかなぁなんて…」



何となく分かります、この気持ち…
そう笑みを溢しながら呟いて、再び鍵盤に滑らせる指先に集中。



「あ、ごめんなさいトキヤくん、お仕事で疲れているのにこんなに喋ってしまって…」


「春歌、」


「は、はい、」


「私がここにいない間は、寂しい…ですか?」


「っ…、寂しいですよ。でも、でもですねっ!!」


「でも…?」


「トキヤくんが、ここに帰って来てくれるって分かっているから、寂しくありません」


彼女は自分の言ったことが矛盾だらけであることに気付いているのだろうか…いや、恐らく気付いていない筈。
無性に抱き締めたくなって、トキヤはソファーから腰を上げるとピアノの前に座っている春歌の元へと歩を進める。耳元で矛盾だらけですよ…そう息をするように囁けば鍵盤の上を滑っていた春歌の指先はぴたりと音を紡ぐのを止めてしまった。



「す、すみません…」


「矛盾だらけですが、不思議と納得出来てしまうんですよ…惚れた何とか、というやつでしょうか」


「惚れ…っ、そ、そんな…///」


「さぁ、まだ曲が途中ですよ?」


「え、あの…もう、」


「最後まで聞かせてください、」



鍵盤から下りた手をそっと戻し、顔を真っ赤にさせた春歌へと再度笑みを溢す。
再びぽろりぽろりと聞こえ始めた音色を目を閉じて、雨音と共に耳を澄ました。



fine.
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