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□『sunny grace:8』
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「ねぇ、レディ…」



声に乗せた彼女の名前は本人に届くことはなく、人気のなくなった店内に静かに響いては消えていった。


今日も相変わらず根詰めて課題等をしているんだな…なんて思いながら時折様子を見ていたけれど、気付けばクローズの時刻。にも関わらず彼女は二階から中々降りてこない。クローズ作業へと二階に行ったトキヤは一体何をしているのだろうか…



「レン、後は任せてもいいですか…?」


「何を?」


「彼女を、です」


「イッチー、話が全く読めないんだけど…」


「行けばわかります。1階のクローズは私がやりますから、貴方は2階を頼みますよ」


早くしてください…そう促されながらもレンはトキヤの言う通りに2階へ。階上に辿り着いてから視線を一回り…いつもの席に彼女はいたけれど微動だにせず。



「あー、そういうことね。」




寝てるなら寝てるって最初から言ってくれればいいのに…、そう心の中で悪態を吐きながらレンは彼女の方に歩を進め始める。突っ伏しているが、小さな寝息が聞こえてきた。



「こんな硬い机で寝たら体痛めるよ…せめてソファーに、」



思った以上の軽さにレンの動きが一瞬止まった。抱き上げたことで起きてくれたら…なんて淡い期待を抱いていたが、腕の中の彼女は相変わらず寝息を立てたまま。
クローズ作業が終わるまで…なんて言い聞かせたり、早く起きてくれないかと半ば懇願したり。気持ちは渦巻く様にぐるぐる。


「こんなに軽くて華奢で、なのにいつも頑張って…またいつ熱出して倒れたりしないか心配だな」



これは庇護欲?…いや、心配だとかそういう気持ちの延長上にはやはり彼女が欲しい、その結論に変わりはなさそうだ。居心地がいいと評判のソファーへ。そっと下ろし、乱れた前髪に指先を添えて耳に掛けて…静かに寝息を立てるその唇に視線が行く。



「ほんと、無防備だよね…」



目が離せないその唇。それを意識してなのか、柄にもなく心臓がドクドクと身体中に響くように脈を打ち始めた。落ち着かせる様に服の上から胸を押さえ付けて、大きく深呼吸。酷く、苦しい…。



「ねぇ、起きて…」



懇願にまみれた一言。ソファーの縁に手を添えて、屈んで、頭の位置が同じになった。顔を覗き込んだら、しようと思えば出来る距離…



「…起きないと、しちゃうよ‥?」



何を?キスを。
彼女の吐き出す吐息でレンの髪が揺れる、そんな距離。引き寄せられる様に近付いて…唇と唇。吐息を共有。
ほんの一瞬…だったのかもしれないし、数秒だったのかもしれない。している時だけ、時間の感覚がすっぽり抜けていた。




「……、」



離れれば相変わらず瞳を閉じたままの春歌。正直ホッとしたけれど、けれども何故か溜め息を吐きたくなるような、そんな気持ち。屈んでいた体勢を元に戻して手の甲で唇を押さえてそのまま隣のソファーへと盛大に腰掛けた。
片手で顔を覆って大きな溜め息…



「何やってるのかなぁ、俺…//」



独り言は虚しく壁に吸い込まれる。
店内カメラで今までの経緯を見ていたもう一人が、大きな呆れ混じりの溜め息を吐いていた事を知るのは、数日後のことだった。



fine.
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