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□『sunny grace:9』
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ある程度暗譜をしているから音を見失わなければどうにか、なる。鍵盤を弾く指とぐるぐるする頭の中。同じ体の筈なのに、綺麗に分裂して、それが更に春歌を混乱させた。



「…る、ハル、」

「え?は…はいっ!!何でしょう」

「楽譜、次の頁に移っているぞ」

「す…、すみません」


左のメロディを弾きながら一瞬だけ右手を離して楽譜を捲って追い付いた。合わせる所まで辿り着いて鍵盤から手を離し、溢れたのは溜め息。それも盛大に。特大サイズ…



「…体調が優れないのか?気付いてやれなくてすまない」

「あっ、いえっ、真斗くんのせいじゃありません。謝らないでください」

「だが心ここに在らず…そんな様子だな、」


先日も熱を出して倒れただろう…そう言われてしまうと言葉に詰まってしまう。
あの時は気付いてくれた人がいたから大事に至らずどうにかなったのだけれど…ふと思い出して春歌は顔を真っ赤にさせて俯いていた。嫌々と首を左右に振りながら両手で頬を包み込んで唸り出す。


「レン…さん、」

「レン…?神宮寺のことか?」

「確か…お知り合いって、言ってましたよね?」

「まぁ…。ハル、一つ言っておくが彼奴だけはやめておけ」

「彼奴って、レンさんのこと…ですか?」

「優しいのは誰にでも…だ。その気になると後で辛い思いをすることになるぞ。」

「人の印象下げるような事、彼女に言うのやめてくれないかなぁ…聖川」


する筈のない声が聞こえて耳を疑った。声のする方を振り向けばドアに寄りかかって軽く手を振るレンの姿。今度は目を疑った。


「なぜここにお前がいる、部外者は立ち入り禁止だ」

「早乙女音大の大ホール、あのピアノ寄贈したのうちだし…」


「あ、あのスタインウェイをレンさんがっ?私あのピアノの触り心地と音、鍵盤の沈み具合が凄く好みなんですっ」

「今度一曲、頼んでもいいかな‥」

「、目的はなんだ」

「頑張る七海さんにコーヒーの差し入れ」


「下心が丸見えだな…」

「はいはい、何とでも言ってくれ」

「あ、あの、ありがとうございますっ//」

「いいえ。ちなみに中身はいつものやつ、、」

「はいっ…あ、あの、でもこのタンブラー」

「寄り道がてら、帰りに来てよ。待ってるからさ」


頭を一撫でされてウインクまでされてしまえば、春歌は赤面するしかなかったし、おまけに首は知らぬ間に縦に振られていたり…。春歌はタンブラーを両手で受けとると大事そうにそのまま胸元で抱き締めた。


「用が済んだらさっさと帰れ…」

「おー怖い怖い、練習の邪魔したら悪いから俺は店に戻るよ。また後でね、レディ」

最後に投げキス…
春歌はくらくらする頭を、傾いた体をピアノへと寄り掛からせたのだった。



fine.
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