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□『beehive』
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深くもない眠りから引き摺り起こされたのは微かに鳴いたベッドのスプリングのせい。重たくて仕方がない瞼をどうにか片方だけ抉じ開ければ、見えたのは寝る前と変わらぬ暗闇。諦めて再度閉じる。
辛うじて動く両腕をさ迷わせれば、触れたのは低い体温。他人の体温。けれども身体に染み込んだこの体温が誰なのか、見えなくても分かるのである。



「…なんだ、起きてたのか」


鼓膜を震わせたのは不機嫌そうな低音。触れたのは恐らく背中で、そのまま抱き付いて体を寄り添わせて頬をぴたりとくっ付ける。嫌がられる訳でもなく、かと言って向かい合わせになって抱き締めてくれる訳でもなく。体温が欲しい時や抱き締めて欲しい時にどうすればいいかは知っているから抱き締めて寄り添う…、それ以上の行動を春歌は起こさなかった。


「さつき…く、」

「無理するな、寝てろ」

「ん、…、」

「ったく、縋り付くみたいに抱き付くな」


誰もお前のことを置いていったりしないから…幼子を諭す様な、闇に溶け込む優しい口調に涙が溢れそうになるのは何故なのか。言われた言葉をそのまま返したくとも泥濘にずぶずぶと沈んで行く様な睡魔には勝てる筈もなく、大して力の入らない両腕で広い背中にしがみつく。はいはい、仕方がないな…子供扱い、心の中で毒突く。でも絶対に気付かない。



「お前には那月がいるだろ、」

「さつきくんにも、いて欲しい‥です」

「…欲張りだな、」

「他は…いらないです、だから」

「お前、普段から欲がない人間だもんな…」


「だから…」

「分かった、今日だけな…」



今日だけは消えないでいてやる。
那月と精神統合を果たした砂月は滅多に表に出てくることはない。いつも泥濘に埋もれる、眠気に周りを取り囲まれている様な、そんな感じらしい。今の私と似ているんだろうな…。気を張る必要もないけれど、自我を保つ必要もないけれど、だからこそ自分という存在を保持するのは困難なこと。統合したとはいえやはり自我はある。



「さつき、く…」

「泣くな、那月が悲しむ‥」

「さつき、くんは…?」

「俺は…」

「…、」

「俺も…」



肺が蓄えていたなけなしの酸素を容赦なく、根刮ぎ持っていかれる様な抱擁。その後に口付け。


「もう寝ろ…、」

「さつきくん、」

「なんだ…」

「おやすみな、さい‥」

「……、あぁ」



おやすみの一言でこの時間が終わってしまいそうだから、言い掛けた言葉を飲み込んだ。あぁ…と否定とも肯定とも取れる言葉を呟いて、隙間なく抱き締めて。
縋り付くように抱き付いているのは自分の方か、心の中で独りごちて瞼を閉じた。
風に浚われる砂の様に、意識は遠退く。



「今だけは、一緒にいてやる」



ずっと一緒にいてやれなくてごめん、溢れたのは謝罪の一言。涙の痕を追い掛けて、濡れた唇をそのまま彼女の唇へ。
終わりが来ない様にと、砂月は彼女の名前を歌うように紡いだ。



fine.
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