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□『bennett』
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「あーもー本当にさぁ、」


逃げることは不可能。背中には無機質な壁。両頬の脇には突き立てられた両腕。俗に言う壁バン…
お帰りなさいは辛うじて言えたけれど、言った側から壁に追いやられてしまった。


「なんであんなに無防備で、」

「っん、」

「警戒心がなくて、そんなにも」

「ゃ‥っ、」

「僕の事、嫉妬で狂わせたいの?」



綺麗な笑みを浮かべつつ可愛らしく首を傾げているが、目が、表情は明らかに笑っていない。吐息が触れる至近距離、上手く呼吸が出来ず、春歌は言葉にならない母音しか発することが出来ず意識朦朧。



「なに?もうギブアップ?」

「藍…く、」

「なぁに、ハルカ」

「気を‥付けますから、あの、」

「こうやって‥」


壁に追いやられて、無理矢理キスされて、逃げられる?嫌だってちゃんと言える?
長いキスの後に問いただしてみたけれど、間隔の短い呼吸をするだけで精一杯。
今にも泣きそうな表情で、恨めしそうに見上げる瞳は涙を湛えていて、一度でも瞬きをしたらきっと溢れるだろう。


「ほら、そんな弱々しく肩を掴んでもダメ‥」

「っふ…ぅ//」

「本気で嫌がらないと‥、やめてあげないよ?」


涙は溢れる前に唇で、舌で綺麗にした。
弱々しく肩を押さえていた右手を掴み、彼女の手首にそっとキス‥


「ここへのキスは"欲望"って意味があるんだって‥」

「藍く…」

「君の事を独占したくて堪らない今の僕には…ぴったりだね」

「藍くん、」

「なぁに?」


「藍くん‥に、されること、本気で嫌がったりなんて‥私、出来ません」

「あのね、もぅ…バカ正直なのもいい加減にしなよ、ね」

「で、出来ませんっ」



響いた声に思わず藍は目を見開いた。彼女が大きな声を出すこと自体珍しいし、キッと向けてきた瞳は本気の時のもの。
こういう対応が常日頃、出来るようになればいいのに…


「やれば、出来るのに…」

「もう、意地悪‥しないでくたさい」

「ごめんね、でも‥」



壁に突いていた左手をするりと彼女の頬へ、そのまま唇へと指先を這わせる。
震える唇、揺れる瞳、溢れそうな涙、


「その表情、見てて欲情する」

「よ、く‥」

「そ、ハルカのこと抱き締めてキスして、身体の内側から気持ちよくして、ぐずぐずになる位めちゃくちゃにしたくなる。だから、言えても言えなくても結果は同じってこと」

「っでも、ここ‥」

「うん、玄関」

「待っ」

「待たないよ」

「藍く」

「待てない、」


熱いキスでずるずる、座り込むまでに大した時間は掛からなかった。見上げれば楽しそうに、けれども妖艶に笑む藍の表情…
名前を呼ぶ前に唇に触れた指先。


「本気で嫌がったら、やめてあげてもいいよ?」



出来る筈がないのに‥
ワザと言うのは凄く狡いと、思った。




fine.
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