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□『ancora!』
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「ねぇ、今回のフライトが終って東京帰ったらさ‥」

「あ、あの、まだ勤務中なので、その‥」


壁に押し付けて絶対に逃がさない宣言。
追い詰められた彼女は顔を真っ赤にしながらしどろもどろ、あーだのうーだの言葉にならない母音を連呼し続けることしか出来ない。


「いつもそうやってはぐらかすけど、いい加減にさ‥」

「は、はぐらかしてなんてっ!!」

「ちょっとー、その辺にしておいてくださいよ美風機長」

「…邪魔しないでよ、トモチカ」



年上なのに呼び捨てですか…そう心の中で盛大に毒突きながらも、友千香は満面の営業スマイルで申し訳ございませんと頭を深々と下げた。目の前で他人を気にすることなく繰り広げられる押し問答。最早友千香にとってはいつものこと…で済まされる程の日常茶飯事と化していた。
機長の美風がCA同期の春歌をデートに誘い、上手く返事が出来ず半ば無理矢理に約束を取り付けられる。それを繰り返すこと数十回…にも関わらず付き合っていないとは一体どういうことなんだろうか。最近ではそれが頭を抱える種だ。



「この子、機長に迫られると物凄く動揺しちゃうんですよ。この間は…なんとかパレス語?で機内アナウンスしちゃって‥たまたまいたどっかの王子様にプロポーズされて大変だったんですよ」

「と、友ちゃん//」

「ハルカは語学が堪能だからね‥でも、」


でも、藍の口から逆説が出てしまうと誰も勝てない。負け確定。春歌の背中には嫌な悪寒が走って思わず身震い…
壁に突かれていた手は両手になり、春歌の両頬脇に突き立てられた。唇が触れるか触れないか、そんな超至近距離…



「藍‥く、」

「プロポーズされた?無防備過ぎ。なにしてたの?また上手く断れなくてあーとかうーとか曖昧な返答してたんでしょ」

「そ、なこと‥は、」

「ちゃんと断ったんだよね?」

「…はい、」

「そ、ならいいよ。前と比べてちゃんと断ったり、上手く流せる様になったのは進歩だね。練習した甲斐があるよ」



今、なんと?練習した甲斐が?
四方からのラブコールをスルー出来る様に練習しただと?友千香は盛大に混乱した。付き合って‥ない、なのに、この二人は一体休みに何をしているんだ!!



「こ、心に決めた方がおりますので」

「そうそう、」

「実は‥こ、婚約者がいまして、」

「ん、上手」

「お気持ちは嬉しいのですが、た、た、大変申し訳ございませんっ!!」

「んー、次は噛まずに言えるともっといいかな」


頭を撫でるのかと思いきや、藍の舌が春歌の唇の端から端までなぞっていった。ひやぁぁと素頓叫な悲鳴が聞こえたが、最早当たり前の光景というか、何と言うか…
友千香は大きな溜め息を吐き出した。


「じゃあ‥さっきのもう一回、」

「が‥、頑張りますっ!!」

「春歌、そこガッツポーズして意気込む所じゃないっ」

「ちゃんと言えたら‥そうだなぁ、ご褒美をあげるよ」

「ご褒美…//」

「あーも、本当‥程々にしてくださいよぉ?」


また機内アナウンスが何とかパレス語になっちゃいますから…心の中で盛大に毒突いたのだった。



fine.
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