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□『sunnygrace:EX6』
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「元気ないみたいですけど、どうしたんですか?」


春歌は隣の席に座り、そのまま突っ伏し続けているレンにそう問いを投げた。なんでもないよ、そう答えたかったのに口から出たのは何とも情けない呻き声だった。


「具合、わるいんですか?」
「そうじゃない、‥多分」
「‥どうしたら、いつものレンさんに戻りますか?」
「どうしたら‥、君から思いっきりハグしてくれたら元気にな」


目の前に一番小さなショットマグがそっと置かれていた。視線だけ見やれば額に青筋を浮かばせているのに表情は笑顔のままのトキヤの姿‥


「寝惚けているからそういうことを言っているんですよね?今すぐ、即刻起きてください」
「‥これ、飲むと胃に結構来」
「今すぐに、です」


これを断ったらどうなるか。まぁ大体の予想は付いているのでレンは上体を起こし、渋々マグを手に取った。一口飲めば濃厚なエスプレッソ、喉を通る苦味、芳しい香り。いつもなら美味しいと感じるのに、今日はどうも胃に落ちただけ‥そんな感覚しなしない。


「寝不足、とかじゃないんですよね?」
「‥うーん、恋煩」
「レン、」
「‥こ、恋は盲目」
「??」
「甘い雰囲気に、なりたい」
「レンさんは糖分不足というやつ、でしょうか…」


まぁ、多分。なんてトキヤは曖昧な言葉を返せば、何かを考える春歌の姿。が、暫くしてから財布を持って階下へ下りていってしまった。ここはカロリーの塊フラペが来るか?なんて予想はしていたものの、戻ってきた彼女が手にしていたのは予想を裏切るドリンクだった。


「私のオリジナルカスタマイズ、ブラックティーwithハニーです」
「‥はにー」
「コンディメントバーにあるハチミツを入れただけなんですけどね、恰好いい名前付けちゃいましたけど」


優しいブラウンで、底に沈んだハチミツが透明でキラキラしていて兎に角綺麗だった。溶けるか溶けないか、そんな狭間に存在するハチミツをストローの先で混ぜてから一口。塊で口に入って来れば甘いの一言に尽きるけれど、今の自分にはこの甘さがきっと、多分丁度いい。



「最近この飲み方がマイブームなんです。ハチミツって、何にでも合いますよね」
「‥うん、」
「甘くて優しくて、それから」
「君みたいだ、」
「へ?」
「…瞳の色が、ハチミツ色」


一口、二口、見れば半分なくなっていた。再度突っ伏して、左頬だけぺたりと付けたまま隣に座る春歌の瞳をじっと見つめる。逸らしてくれればいいのに、そんな気持ちを分かる筈もなく春歌は首を傾げたまま、レンの青い瞳を見つめ返すばかり。


「‥好きだな」
「ふふ、よかったです」
「見た目もかわいい、」
「キラキラしますよね、」
「まるで君みた」
「レン、そろそろ戻りましょうか」



あぁ、これは仕事終わりにお説教コース確定だ。なんて呑気な事を考えながら溜め息を一つ。溜め息を吐いたら幸せが逃げちゃいます、なんて言う春歌に内心ドキドキしながら二つ返事をしてからレンは立ち上がった。


「レンさんも、ハチミツみたいに優しいですよ?」



彼女の言葉に他意が含まれていないことなんて分かっている。けど、だけど‥
堪らず緩みきった口元を押さえながら階下へと一目散。トキヤはその姿を見送り、飲み掛けのドリンクを手に溜め息を一つ。



「レンさん、早く元気になるといいな‥」
「問題ないでしょう、あと数時間したらいつも通りになりますよ」
「‥だといいんですけど、」
「恋は、あそこまで人を変えてしまうのですね」
「へ?」


答えは返さず、トキヤは春歌へ会釈だけして階下へ逃げてしまったレンの後を追えば、カウンター内の隅で膝を抱えて踞っていた。いい年した男が膝を抱えるなんて‥


「飲み掛けですよ、レン」
「‥今飲んだら、思い出して恥ずかしいから、無理」
「…………、はぁ‥」



今日一番溜め息が、吐かれたのだった。




fine.
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