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□美しく燃える森
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夢か、うつつか。

新八は、自分を抱きしめる体の感触を覚えた。温かい。心地いい。いつも自分を抱きしめて眠る男の顔が、そこにきっとあるはずだ。

そっとその背中に手を伸ばす。頬に指の触れる気配。指が動いて上唇をなぞる。

唇に柔らかいものが押しあてられる。

「ん…」

ゆっくりと口の中に押し入ってくるぬめりを帯びた蠢くもの。

口づけをされている、とぼんやりと漂う意識のままで知覚する。

新八は、自分に口づける人間を一人しか知らない。今日もこのまま、彼に快楽を与えられ続けるのだろう。

新八は先を促すようにその背中をさすった。遠慮がちに口内を探っていた舌が、それに答えるように新八の舌を捉えた。

不意に鼻をつく男物の香水の香り。


違う。先生じゃない。


新八は目を開けて、その体を突き飛ばした。

その目に映ったのは。

「……さか、た、さん…?」

「あーあ、…起きちゃったか」

暗くてよく見えないが、坂田だ。窓から入る月明りに光る銀髪。

見た目は坂田なのに、そこにいたのはまるで新八の知らない男のようだった。

「え……坂田さん、今、」

新八は、坂田にされた行為を確認するように自分の唇に触れた。唾液で濡れている唇がそれは真実だと新八に教えている。

「キス、してた」

悪びれる様子も、茶化す様子もない。坂田は起き上って煙草に手を伸ばした。状況を理解できない新八はただ目を丸くするばかりだ。

「キ、ス……キス、って、どう、」

かろうじて絞り出した言葉は頼りない。それでも坂田は、その意味を十分に理解した。

「なんで新八にキスしたかって?」

煙草を一度咥えて、火をつけないままで口から離す。微かに笑っている唇は、

「なんでだと思う?」

と新八に問う。新八は急いで体を起こし、坂田を見た。頭の中で、必死にその答えを探す。

「かっ…からかってるんでしょ?」

それしか思いつかない。新八は、なんとか平常心を保とうと笑ったが、繕った笑顔は歪んだままだ。

だって、僕は男で、坂田さんの後輩で。

「言うと思った」

煙草の先を左手で覆うようにして、坂田は煙草に火を付けた。坂田の横顔が炎の灯りで縁取られる。本当に坂田さんだ、と新八は思った。

「いたずらみたいな、もの、ですよ、ね?」

坂田の吐く煙が暗闇の中でふわりと漂う。

坂田の子供っぽい性格はたびたび新八を困らせた。だから今回も、その類だろうと、そう思おうとした。新八は、こたつ布団を自分の方に引っ張って上半身を隠すようにする。

いつものようにしゃべらない坂田が怖い。そう思ったのは初めてだ。

「違う」

口元の笑みを消して、無表情のまま、坂田が答えた。

「好きなんだよ」

誰が、と聞くほど、新八は鈍感では無い。だけどすぐには信じられずに、

「誰、が、」

と、訊いた。逃げ道が欲しかった。

「…新八が」

坂田は逃げ道を与えてくれなかった。

「…冗談でしょう?」

「残念ながら、違うんだなあ、これが」

坂田の口から紫煙が吐きだされる。動揺しているのは自分ばかりだ。

「だって、好きな人、いるって」

「お前だよ」

坂田のストレートな言葉が、逃げ道を無くしていく。追いつめられる。

「坂田さん、女の人が好きなんじゃ…」

「バイなんだよ、俺。お前には言ってなかったけど」

坂田が何か言葉を発するたびに新八の頭は混乱する。布団をぎゅっと握りしめた。

「嫌われると思って、言えなかった」

横顔からは感情が読み取れない。

好き?坂田さんが?僕を?

「…ずっと好きだった」

小さく、しかしはっきりと坂田が口にする。言葉として坂田の言うことは理解できた。だけど、その意味は全くわからない。わかりたくないのかもしれない。

「本当は言うつもりなんかなかったんだけどよ、お前が…高杉のとこにいるって聞いて…」

ぽつぽつとしゃべる坂田はどこか苦しそうだ。眠りにつく前、好きな人がいる、と言って見せた顔だった。

「お前、高杉になついてるし。もしかしたらそういうこともあんじゃねーのかって…ホラ、俺がそうだしよ」

その言葉にぎくりとする。

そうだ。自分だって、高杉とあんな行為をするまでになっているのだ。坂田の性癖がどうのと言える立場ではない。

僕が、高杉先生とあんなことしてるなんて、坂田さんに知られたら。

「新八は俺のこと嫌い?」

坂田がようやく新八の方を向いた。新八はぶんぶんと頭を横に振った。

「じゃあ好き?」

「…好きです」

本当だ。坂田のことは好きだ。だけどそれは彼が求めている答えではない。そのことも分かっていた。

「…でも、それはさ、」

坂田がまた、あの表情をする。心臓がぎゅうと痛んだ。こんな顔をする人だなんて知らなかった。

「俺とは違うんだよな…」

新八は何も言えなかった。

















新八はそのまま坂田の部屋を飛び出し、逃げるように高杉の部屋に帰ってきた。部屋のドアの前で鍵を開けようとするが、動転しきった手では、ドアはガチャガチャと無機質な音を立てるだけでなかなか開いてはくれなかった。

なんとか開けた玄関になだれ込むようにして体を滑り込ませ、無造作に靴を脱いで、廊下を走り、ベッドに潜り込んだ。嫌でも高杉の気配を感じてしまう。あの愛撫を求めてしまう。

「うっ…」

さっきの坂田の言葉がぐるぐると頭を回っている。

どうして。どうして僕なの。

坂田の言う通り、新八は坂田に恋愛感情はない。それははっきりと言える。だからと言って、坂田を嫌いになんてなれない。

どうしてあんなこと言ったんですか。

そう坂田に言いたかった。今までの、心地いい関係は失われてしまうと思った。何も疑わずに坂田のそばにいることはもうできない。心の拠り所が、また一つ消える。

嫌だ。独りになりたくない。


会いたい。高杉先生。


会いたい。


ベッドの中で、布団にくるまったまま、新八はポケットから携帯電話を取りだす。何かあった時のために、滞在しているホテルの番号と、高杉が海外用に借りて行った携帯電話の番号は教えてもらっていた。

携帯電話を開いて、高杉のアドレスを探す。番号を知っているのに電話をかけたことも、高杉からかかってきたことも無いことに気付く。

所詮、高杉にとって、自分はそれだけの存在なのだ。あの行為だって戯れの一つにすぎない。

そう思うとちくりと胸が痛んだ。

傷つくことなんか無い。僕だって、別に高杉先生が好きとか、そういうわけじゃない。

好きなんかじゃ、ない。

仰向けになって額に手を置いた。外は肌寒いとも思える温度なのに、額にはじんわりと汗をかいている。新八は、携帯電話をぱたんと閉めた。

明後日。明後日まで待てば、高杉先生が帰ってきてくれる。そうすれば、このまとわりつくような淋しさも消える。



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