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□二人のアカボシ
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赤い獣と一緒に見る景色はきらきらと輝いて見えました。空は青く、花は美しかったのです。

だけど何も食べていない獣はとても苦しそうです。そんな彼を見て、青い鳥は言いました。

「お願い、僕を食べて」






























旅館を出て車を走らせ、新八の要望通り海へとやってきた。車を止めてドアを開けると塩辛い海の匂いが胸を満たす。

夏真っ盛りとはいえ、早朝の海はあまり人気がなく静かだ。打ち寄せる波音が耳に心地よい。

きっとまたはしゃぐんだろうと思っていた新八は、潮風に吹かれながら黙って海を見つめていた。

「綺麗だね」

朝日に照らされて、柔らかく笑う新八の髪が光に透ける。黒いはずの髪は薄い茶色に見えた。

「僕、晋助と来て、晋助と見られて…よかった」

高杉の手に自分の指を絡ませて、新八は高杉の肩に頭を寄せる。そよぐ新八の髪が高杉の頬をくすぐった。

寄りそう二人の頭上を、一匹の鳥が飛んでゆく。その鳴き声は長く響きわたった。新八は空を見上げる。

「…鳴いてる……」

羽を広げた鳥は随分と大きく、上手く風を使って旋回している。

そんな鳥を見て、新八はひとつの物語を思い出した。

「…昔ね、」

口を開いた新八を、高杉が視線だけで見る。

「父さんが生きてたころ、よく読んでくれた絵本があったんだ」

高杉は、無言で煙を吐きだした。

「鳥と獣がね、二匹で逃げ出す話。獣が籠に捕まってた鳥を逃がしてくれて、」

「へえ」

「二匹で旅をしてね…いろんなところに行くんだ」

「どうせそんな二匹じゃあ、獣が鳥を食っちまうんじゃねぇのか」

唇を歪め高杉は笑う。それでも、新八は続ける。

「ううん、獣はすごく優しいから、鳥を食べないんだよ」

高杉も空を見上げた。さっきの鳥は、どこかに行ってしまった。羽を持つ鳥は自由だ。どこへでも飛んで行ける。

そんな風に空を自由に舞う鳥と、それを地面から見上げるしかできない獣の話なんて、ろくな結末じゃないんだろう。

「…それで?終わりは?」

視線を新八に戻して、高杉は尋ねる。新八もこちらを向いて、その視線が合う。肩に感じる新八の温度が心地よい。

「もう、忘れちゃった」

そう言って、新八はその体を高杉に寄せた。高杉は新八の肩を抱いた。シャツ越しに触れたその肩は潮風に当てられて冷たくなってしまっていた。

「…北に逃げるか」

「…きた?」

「ああ」

高杉の咥える煙草は徐々に短くなる。風に吹かれて煙は散り散りに霧散する。

「このまま、海に沿って」

新八は、ただうなずいただけだった。

































妙の取り調べを終えた土方は、自席の椅子の背にもたれた。古い事務椅子はぎしりときしみながらも土方の背を支える。

妙の話が本当なら、あの当主もただでは済まない。しかしその前に裏付けを取って証拠を集めなければならないだろう。もっとも手っとり早いのは志村新八の証言を取ることだが、当の新八は逃亡中ときてる。

それに、あんなことをされていたなんて、そう簡単に証言してはくれないだろう。

土方は頭を掻いた。この三日間で得た志村家に関する情報が、頭の中でまとまらない。寝不足の頭はそれをうまく整理することもできない。とにかく疲れていた。もう四日も部屋に帰っていない。

そこへ、土方の携帯が鳴った。

「おう、トシ!」

電話口からは陽気な声が聞こえてきた。それすらも頭にがんがんと響く。

「どうだそっちは」

「ああ…あの女の取り調べは大体終わったぜ」

「そうか、お前に任せちまって済まなかったな」

「そっちは。二人の足取りはわかったか」

「ああ、今までずっと東に逃げてたみたいだが、今度は北に向かったらしい」

「北か…」

「これから俺たちも北に向かう。場所は…」

近藤の告げる場所を、土方は手帳に書き留める。そこは土方の行ったことのない場所だった。

「わかった。こっちの仕事片付けてから俺も向かう。おそらく明日になるが…」

「いや、無理すんなよ。こっちは人出は足りてる。たまには家に帰って総悟の相手してやれ」

「あいつは俺がいないほうがのびのびしてるよ」

がはは、と近藤の笑い声がよく聞こえた。

土方は電話を切り。椅子の上で伸びをする。久しぶりに今日は早めに家に帰って寝ようと思った。































部活から帰ってきて玄関を開けると、四日ぶりにその靴を見た。帰ってんのかよ、と沖田は舌打ちをする。

そろえもせずにスニーカーを脱ぎ捨て、室内へと上がる。あれからもずっと新八に電話をしているが、まだ繋がったことはない。

居間へと続く廊下の途中、土方の部屋が開いているのがわかった。沖田は躊躇わず「おいコラ土方ァ」とドアを足で押し開けた。

しかし返ってくる返事は無く、暗い部屋の中で土方はベッドにうつぶせになって寝ていた。この男が家にいるとき、寝ている以外のことをしているのを沖田は見たことがない。その寝顔に、かかと落としでもお見舞いしてやろうかコルァ、と思った。

ふと床をみれば、無造作に脱ぎ捨てられたスーツの上着が落ちていた。沖田はそれを拾い上げ、ポケットすべてを探った。左ポケットの中、手帳らしきものが指に触れる。沖田はそれを取り出した。そのまま上着を床に投げ捨て、手帳だけを持って居間へと戻る。

明るい白色光の下で、その手帳をぱらぱらと開く。手のひらに収まるサイズのそれは、使いこまれた皮の匂いと感触がした。

「…あった」

ある一か所で沖田の指が止まる。ご丁寧にも今日の日付まで入れられて、乱雑な土方の字ではっきりと書かれていた。

『A県B市国道○号沿い 目撃情報有り』

名前こそ書かれていないが、新八と、新八を連れ去った人間のことを指しているに違いないと、沖田は確信した。

沖田は手帳を閉じると土方の部屋に戻り、それを元通りの場所へ戻した。土方が起きる気配はない。

そこから沖田は自室に戻り、最低限の荷物を持って家を出た。コンビニに寄って金を引き出す。遠くへの旅路になるから多く持って行ったほうがいいだろう。幸いにも毎月姉から振り込まれる金はあまり手をつけていない。

沖田はコンビニを出、携帯電話を取り出し電話をかけた。

「…何アルか?」

「よォチャイナ。ふてくされてんなァ」

「今はお前と話す気分じゃないアル」

いつもは沖田に食ってかかるはずの神楽の声は沈んでいる。新八と連絡が取れない、と落ち込んでいるのを沖田は知っていた。

「なんでィ、いいこと教えてやろうと思ったのによォ」

「…?」

「新八の居所がわかった。今から連れ戻しに行く」

「ホントアルか!?」

神楽の声がぱっと明るくなった。

「私も行くアル!」

「そういうと思ったんでィ」

神楽と落ち合う場所を決めて、沖田はまた歩き出す。携帯電話を取り出したついでに、また新八に電話を掛けてみる。だけどやはり繋がることはなかった。沖田は電話を切り、メール送信画面に切り替える。

『今から連れ戻しに行くから待ってろダメガネ』

打ち終わって、沖田は新八にメールを送信した。果たしてそれを新八が読むのかわからない。それは新八に送るというよりも、自分自身の決意のためだった。

暗い道の向こう、沖田は地面を蹴って走り出した。



































黒い点が見えた。そこから黒はその領域を拡大し、白い世界を覆い尽くしていく。すべてが飲み込まれていく。あっという間に世界は闇に支配されてしまった。

新八の目の前には何もない。後ろを振り返ってもそれは同じだった。右を見ても左を見ても、そこには何も見つけることはできなかった。

「…ここ、どこ…?」

手を伸ばしても何も掴めるものはない。新八は足を踏み出した。ただ黒一色に染められた世界はしんと静まり返ったままだ。

「晋助…?どこにいるの…?」

『ここにいたんだね、新八』

聞きなれた声。それは新八の心臓を凍りつかせた。そしてそれは男の手によって握りつぶされてしまうほどに。

『私に黙って外へ行こうとするなんて、悪い子だね』

新八の足は走り出していた。どれだけ走っても、光の刺さない闇の中では行くべき先すらわからない。息が上手く吸えなかった。

『そんな悪い子には、おしおきだ』

何かに躓いて転んだ。うつぶせに倒れた新八は足元を見る。転んだのは躓いたせいではなく、誰かが自分の足首を掴んだからだと気付いた。

「あ、ああ…」

体が震えだす。足元から手を伸ばし、新八の体にのしかかってくるのは、口元を醜く歪めたあの男だった。





目が覚めた。心臓が激しく鼓動している。はっはっ、と吐き出される息は短く、胸が上下している。

新八は起き上がった。体中に汗をびっしょりと掻いているのがわかった。はだけた浴衣も汗を吸って濡れている。新八は額に手をやった。

「…ゆめ……」

汗を掻いているのに悪寒がして鳥肌が立った。あの男の感触を思い出してしまった。夢の中で新八に伸ばされてきた手はよく知っている。忘れたいと思っても、それは新八の体に刻みつけられた印のように消えない。

僕は、あの人から逃げられないのか。

新八は隣を見た。眠りにつく前、新八を抱いた男はそこにはいなかった。そのことにひどく恐怖を覚えた。

「晋助…?どこ…?」

はだけた浴衣もそのままに、新八はふらりと立ちあがった。風呂場、洗面所、トイレ、押入れ、部屋にあるあらゆる扉やふすまを片っ端から開けてその姿を探す。だけどどこにも彼はいなかった。

「どこ…?」

さっき見た夢と同じだ。高杉はどこにもいない。新八の声に返す声は無い。新八は茫然自失に、畳にぺたりと座りこんだ。

がちゃがちゃと、部屋のかぎが開けられる音が聞こえた。新八は立ちあがって駆け出す。

扉を開けて戻ってきた男の胸の中に、新八は飛びついた。男の手から酒の缶がごとんと落ちた。

「おい、」

新八の体を受け止めた高杉はその体を片手で抱え、後ろ手でドアを閉めた。閉めたのを確認して、ドアにもたれ、ゆっくりと新八を抱き締める。

「…どうした?」

高杉はすぐに、新八の肩が震えているのに気付いた。何かに怯えているようだ。高杉の浴衣の襟を掴む手は、力を入れ過ぎて白くなってしまっている。

「悪い夢でも見たか」

宥めるように、新八の後頭部を撫でた。

「…ねがいっ…!」

「…?」

高杉の胸元から新八は顔を上げた。

「お願い、抱いて…今すぐ」

ビー玉の濡れたような瞳で、高杉を見上げる。顔は白く、整った眉は切なげに寄せられていた。

高杉はふっと笑って、

「こりゃあまた、随分と強烈な口説き文句だな…」

震える唇に口づけた。



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