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□二人のアカボシ
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新八の様子に変化に気付いたのは、その宿についてからだ。

「どこにいくの…?」

部屋を出ようとした高杉の背から聞こえてきたのは、眠っていたはずだった新八だった。

「煙草買ってくる。お前は寝てろ」

あの屋敷から逃げ出して五日が過ぎていた。新八も外の世界に慣れたように感じていた。

「やだっ!」

その背中に新八が手を伸ばして飛びついた。高杉は振り返って新八を見た。

「おい、」

「やだ…やだよ…晋助、一人にしないで、行かないで、お願い」

新八は、一人になるのを極端に嫌がる様になった。少しでも高杉が席を外そうとすれば、半狂乱になってその胸にすがった。そんな新八を見るたびに、高杉はその細い背中を抱き締めて宥めた。

「俺はどこにもいかねぇよ」

そういうと新八は安心したように眠りにつく。

高杉の手を握りしめて眠る新八の寝顔は子供のそれのようで、毎夜高杉の下、妖艶で淫靡な姿をさらしている人物と同一とは思えない。

ただ、最近は夢見が悪いらしく、眠っている間うなされていることが多くなった。

「ああ、やだ…やめ…いやぁっ…」

足をばたつかせて、必死に何かから逃れようとする。そんなとき高杉は、新八の手を握り、名を呼ぶ。新八の額には汗で濡れた髪が張り付いていた。

「新八、」

そうすると新八は目を開けて、うつろな瞳で高杉を確認すると、その胸に顔をうずめるのだ。







早朝。高杉は、新八と同じベッドの上で目を覚ました。となりの新八はまだ目覚めない。高杉はシャツを身につけていたが、新八は昨日の行為のまま裸で薄いブランケットにくるまっていた。部屋に二つあるベッドのうちのひとつは使われることもなく、メイキングされたそのままに皺ひとつなくあった。新八が一人で眠ることを嫌がるからだ。

白とも青とも言えないぼんやりした光を残した薄闇の中、高杉は体を起こす。くい、と何かに引っ張られる感覚。自分の腰元を見れば、高杉のシャツを新八の左手がしっかりと握りしめている。高杉は新八のほうへ体を向け、その体を抱きしめて、首元に顔をうずめる。昨日浴びたシャワーの、ホテルに備え付けてあった洗髪料の甘ったるい香りがした。

この子供を手放せなくなってしまった自分に、高杉は気付いていた。

「…ん、しんす、け…?」

自分の胸元で蠢く高杉の頭に気付いて、新八が目を覚ました。その頭を抱えるように、新八が高杉を抱き締める。

「ふふっ、くすぐったい」

顎や頬にあたる高杉の髪の毛が、新八の肌をくすぐる。

「ひゃ、あっ!」

べろりとそのまま首元を舐められ、新八の喉から素っ頓狂な声が出た。

「ちょ、ちょっとしんすけっ!」

その舌は徐々に下へと向かい、新八の胸の小さな突起をぐにぐにと押す。目覚めたばかりの体の中でそこだけが熱を持ってつんと立ち上がる。そこの周りを優しく舌でなぞられれば、腰のあたりに慣れた快感が蓄積されていく。

「ん…あっ…」

目の覚めきらない中、動物の仔のようにそれを吸う唇がむずがゆい。新八の足は自然と内股になった。

「ダメ……あ、」

しかしその両脚は高杉によってすぐに開かれた。

「体はそうは言ってねーけどなァ」

高杉は、新八の後孔に指を添える。昨夜さんざん開かれたそこはまだ柔らかく、高杉の指の侵入をいとも簡単に許した。

「あ…」

「なんだ、入るんじゃねぇか」

高杉はにやりと笑って、シーツの下の新八の体を割る。指の代わりにぬるりと入る質量を持ったそれを押しこんで行けば、新八の治まったはずの熱がまた首をもたげてくる。

「あ…やぁ…」

それを握ってゆるく扱いてやれば、新八の目はすぐにとろりと潤み、高杉に強請る。この逃亡生活の中で、高杉は新八がどうすれば感じるのか、どこに触れれば悦ぶのかを知った。それくらい抱いた体だ。

「ふあっ…あ、」

新八は、繋がっているとき決まって、迷子が親を見つけたときのように高杉にしがみつく。離れることを恐れるように、その腕を高杉の背に回す。そしてキスを求める。

「んっ、う、」

舌を絡ませながら、体全てで繋がりたいと、新八は訴えている。そして高杉もそれに応えるように、新八の腰に腕を回す。

「しんすけぇ…あっ、…ああ…っ」

このまま、この子供をずっと繋ぎとめていられたらと、高杉は願わずにはいられない。






























チェックアウトをするためにエレベーターに乗って階下に降りる。ポーンと電子音が鳴った扉の上の、一階のマークが光った。

先に降りたのは高杉だった。しかしその足は扉を出てすぐに止まる。

広くスペースを取られた明るいロビーに、スーツ姿の男たちが険しい顔をしてそこを陣取っている。彼らは時折小声で話しあい、絶えず周囲に目を光らせている。

高杉は舌打ちをして、エレベーターの中に戻る。

「どうしたの?晋助?」

高杉に続いてそこから出ようとしていた新八が目を丸くしていた。

「サツだ」

「え」

新八が状況を理解する前に、エレベーターの扉が閉まった。高杉は再び階上のボタンを押す。

「けっ…警察…?なんで…?」

新八の疑問に、高杉は答えない。扉が開くとすぐに新八の手を引いて降りた。そのすぐ隣にある非常用の扉を開けると、そこにある非常階段から下へと降りる。建物の影になっているその階段を、カンカンと二人の靴音が駆け下りていく。

そこから細道を抜けて、車を隠してある川べりへと走る。狭く暗い路地裏で、誰か知っている人間とすれ違ったような気がした。しかしそれもすぐに頭から消え、新八はただ高杉の背について必死に走った。

見つからないように、車は一般の駐車場には置いていなかったのが幸いした。

「早く乗れ」

高杉の声に急かされて、新八は助手席に乗り込んだ。勢いよくエンジンがスタートして車が発進する。そのまま国道に出ると、高杉はすぐに高速道路のインターへとハンドルを切った。

高速道路に乗ってしばらくして、口を開いたのは新八だった。

「晋助どーゆーこと…?なんで警察の人が僕たちを探してるの…?」

新八の声は不安に染まり怯えている。高杉はアクセルを深く踏み込み、さらにスピードを上げる。追越車線へと車線変更した古い車はその車体を揺らし、エンジンはうなりを上げた。

「…俺はお前の拉致犯として追われてる」

「拉致犯…?」

新八の表情は不安に染められていく。

「な、なんで?だって僕、自分で晋助についてきたのに…拉致って、どういうこと?」

「さぁ、俺にもわからねぇ」

「そんな…」

高杉は、それを坂田が通報したこと、追われているのが警察だけではないことを新八に言わずに置いた。今の新八は混乱している。余計な情報は与えるべきじゃない。

「捕まっちゃったら、もう晋助と一緒にいられないってこと?」

「…そうなるんだろうな」

「……やだ、」

新八はふるふると首を横に揺らした。

「やだよ、そんなの」

その目に見る間に涙が溜まっていく。

「だって僕、ぼく、しんすけがいなきゃ、」

大粒の涙があふれてこぼれた。高杉は横目でそれを見る。新八の、両膝にそろえられた握り拳の上に、そっと手の平が重ねられた。

横目で薄く笑うだけで高杉は何も言わなかったが、その手の温かさに、新八の涙はいつのまにか止まっていた。

























さっきのは絶対に新八だった。男に手を引かれ向こうへと走って行った。沖田は必死で追ったが、土地勘もない上にこんな狭い路地では満足に走れない。すぐに見失ってしまった。

「…ちっ…きしょー!!」

路地裏に置いてある青いポリバケツを蹴飛ばす。それはぐらりと揺れて地面に倒れ、中に捨ててあった生ごみが飛び出した。腐臭があたりに漂う。

「あと少しだったんでィ…!!」

すれ違う一瞬、手を伸ばせば届く距離を、新八は横切って行った。気付くのが遅かった。まさかこんな場所で出食わすとは思っていなかったのだ。沖田は息を切らしながらその場に立ちつくす。

だけど、新八に近づいていることは確かだ。沖田はあの決意のメールをもう一度繰り返す。

今から連れ戻しに行くから。

「待ってろ、新八…!」






























何か遠くで鳴っている音がする。それはどんどん近付いて大きくなっていく。

「…さん、…か…さん」

誰かの声も聞こえる。

「土方さん!電話!鳴ってますよ!!」

その大きな声に土方は飛び上がった。辺りを見回すと灰色の壁の殺風景な部屋。仮眠室だ。

「もう、早く起きてくださいよ!」

「あ、ああ、悪い」

おそらく電話の鳴る音がうるさくて仮眠室まで土方を起こしに来た婦人警官が、仁王立ちして土方の前に立っていた。土方は枕元で鳴り続ける携帯電話を取った。知らない番号だった。

「はい…土方…」

起きたばかりで働かない頭を無理に働かせ、土方は受話器口に応答する。

それは沖田が通う高校の部活顧問からだった。

電話口の教師によれば、今日沖田が部活を休んでいるという。沖田はスポーツ推薦でこの高校に入学したため部活を無断で休めば停学、このまま出なければ退学もありうると、教師は厳しい口調で土方に言った。最後に「お仕事も大変なのはわかりますがね、家庭の教育も大切ですよ、お父さん」と言って教師は電話を切った。

「俺があいつの親父なわけねーだろーがよ…」

もはや怒鳴る気力もなく、土方は手を顔にやり大きなため息を吐いた。すぐに沖田の携帯の番号を呼び出す。何回かのコール音の後、

「この番号は現在使われておりやせん」

と沖田の声で聞こえてきた。

「そんなんで騙されるかバカヤロー。お前、学校の部活無断で休んだらしいな、今俺んとこに電話かかってきたぞ」

「ああ、今A県に来てるんでさァ」

「………はっ?」

「だからしばらく休むって伝えといてくだせェ、じゃっ」

「お、おいっ!ちょっと待て!A県ってお前何やって…!」

土方の言葉を待たずに沖田の電話は切れた。土方はもう一度掛け直すが、すでに電源が切られているようだった。

A県…?最近どっかで聞いたような…

はっ、と思い当たることがあった。土方は胸ポケットの手帳を取り出す。ぺらぺらとめくっていって、一番最近のメモにたどり着く。沖田の目的がわかった。

「あんの、…クソガキ!!」

上着をひっつかみ、土方は仮眠室を飛び出していった。





























今度は随分と遠くへ来たらしい。だけどそんなことはもう新八にとってはどうでもいいことだった。

捕まれば高杉と離れなければならない。その恐怖だけが新八を支配していた。止めた車の中、新八は高杉の胸の中から離れようとしなかった。夕日の赤い光が助手席側から差し込んでいる。海沿いの工業地帯に無数に立つ煙突から、黒煙が吐き出され、美しい夕焼けの空を蝕んでいく。

「やだ…いやだ、よ、…しん、…すけ」

カタカタと震える体は、高杉がいくら抱きしめても止まりそうにはなかった。

「ぼく、晋助、いなくちゃ、」

高杉は、この震えを止める術を知らない。

「死んじゃうよ、しんすけと一緒じゃなきゃ、ぼく、」

このまま逃げ続けられるわけはない。そんなことを夢見られるほど、新八も子供ではなかった。わかっていても恐怖感が新八を襲う。連れ戻される。あの屋敷に。また閉じ込められ凌辱される日々が待っている。なによりこの目の前の男を失うのが怖かった。

高杉のいない世界は、新八にとって死よりも恐ろしいのだ。

高杉の顔を、新八が見上げる。目じりに溜まった涙が瞳からぼろりとこぼれおちた。高杉は新八の頬に手をやってそこに唇を落とし、続けて唇を重ねる。触れるだけでそれはすぐに離れた。

だから、あのときに殺してほしかったんだ。


「なら、一緒に死ぬか」


高杉が、新八の頬を撫でながら言った。

新八の目が驚きに見開かれるが、それはすぐに恐怖の色を失って、安堵に沈む。新八は高杉の首に腕を回した。

それはこの旅路の果ての、もっとも正しい答えのように思えた。

「…うん…」

新八は安心したように微笑んで、

「そうしたら、晋助と、ずっと一緒にいられるんだね…」


顔を寄せ、高杉の薄い唇に約束の口づけをした。















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キンモク/セイ:二人のアカボシ


2011.08.24 月見 梅
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