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□サイケな恋人
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僕ももう十六年も生きてきたんだから、恋人の一人も欲しいなあ。



時刻はお昼過ぎ。家事のほとんどを終え、ワイドショーの「最近の若者の交際事情」特集を見ながら僕は呟いた。

「……は?」

眉をしかめながら、同じソファの隣に座っていた上司が週刊誌から顔を上げた。それを見て、僕は思わずささやかな願いを口にしてしまったことに気付いた。しまった、と思ったけどもう遅い。これで今日もまた一日イジられ続けるネタができてしまった。

「恋人?……お前の?」

「……………悪いですか?」

これから散々からかわれることを予想して、僕は少しふてくされる。この手の話題になると、銀さんはここぞとばかりにオトナぶるから嫌なんだ。普段はマダオのくせに。

だけどマダオは僕の予想に反して、うーん、と唸りながら頭を掻いている。

「恋人、欲しいの?」

「え、あ、まあそりゃあ…、いたらいいなって思う程度ですけど」

「じゃあ俺がなってやろうか?」

マダオはまた週刊誌に目を落としながら、「今日のメシ何?」くらいの声色で言った。僕は目を丸くする。開いている週刊誌のページはラブコメの漫画だった。

「………は?」

「だから、恋人。欲しいんだろ?」

「欲しいですけど……」

「じゃあいいじゃん。俺も恋人いないし」

「いや、僕男だし」

「今どき男同士の恋人なんて珍しくねーだろ。時代は自由恋愛なのですよ新八くん」

「そ、そうなんですか?」

「そーよォ?むしろ男と女でお付き合いしてるほうが時代遅れだと思うね、俺ぁ」

「そうなんだ……」

「そーゆー意味では俺達最先端になれるぜぱっつぁん。どーだ世界を目指してみねーか」

「世界は別に目指さなくていいです」

「まあとにかくだ、恋人が欲しいんなら身近で手ぇ打っとけ。おトクだぞ」

「そ、そうですかね…?」

「そうだよ。大体お前だって大好きだろ、おトク」

「大好きです、命賭けるくらいに」

「だろ?じゃあ恋人だっておトクにゲットできた方がいいだろ」

「た、確かに…」

僕がそう言うと、銀さんは、パンッ、と週刊誌を閉じて立ち上がった。

「じゃあ決まりってことで」

こうして僕は、図らずも銀さんと「恋人同士」になったのだった。














かと言って、それ以来僕らの日常が何かしら変わったわけじゃなかった。僕は相変わらず万事屋としてのやりくりに頭を悩ませていたし、銀さんは銀さんで、そんな僕を知ってか知らずか毎日ジャンプとギャンブルに精を出していた。恋人というのは名ばかりで、僕らの関係性は以前にも増して、どころか、全く同じ、そりゃもう恋人になる前となった後で間違い探しをしたとしても何一つ間違いが見つけられないくらいに、僕らはそのままだった。

「銀さん、早く起きてくださいよ」

「わかったって、あと5分」

朝なかなか起きない銀さんを起こすのも変わらないし、

「なあ新八、いちごぎゅ」

「ありません」

甘味をねだる銀さんの糖分摂取を制限する僕の役目もそのままだし、

「新八くん、結野アナのパンツの中ってどうなってるのかな?そりゃもう天国なんだろうなァ…」

「そうですねいっそ天国に逝ったらいいと思いますよ」

「痛い痛い痛い新八くん指ってのは鼻の中に入れるためのもんじゃないから鼻フックデストロイヤーかけようとしないでェェェ!!」

一日中テレビをボケっと見ては女子アナの下半身事情を妄想する銀さんもまるで僕を恋人として扱ってはいないみたいだった。

恋人ってこんなものなのかな。何せ初めての恋人だから僕にはこれが普通なのかどうかわからない。どんな感情に由来するのかわからないモヤモヤを抱えたまま、僕らの怠惰な日々はゆったりとしているようであっという間に過ぎていく。何故か心の奥にたまっていくモヤモヤの正体は、到底一人ではつかめそうになかった。

「神楽ちゃん、」

困り果てた僕は、恋人の同居人に助けを求めることにした。

「何アルか」

遊びに出ようとしていた彼女が玄関先で振り向く。僕よりも年下で、恋愛経験なんて僕と同じくらいかもっとない思われる彼女は相談相手には不向きなのかもしれない。だけど僕の周りにはまともにこんな相談ができる大人がいないのだ。姉上は僕と銀さんが恋人同士なんて知ったら発狂しそうだし、近藤さんとさっちゃんはストーカーだし、土方さんと沖田さんはマヨラーとドSだし(顔は抜群にいいんだけど)。その中でも山崎さんは常識人だし僕と似たようなポジションだから相談相手にいいかなって思ったけど、最近は忙しそうでなかなか連絡さえつかない。なんでも毎日アンパンを大量に買っているらしい。そんな仕事真選組にあるのかな。

「ちょっと、話したいことがあるんだけど……」

僕がそう言うと、

「ええー、」

と、神楽ちゃんは明らかに不機嫌な顔をした。

「今からよっちゃんと約束があるネ」

空は快晴、今日もうんと遊んでくるつもりだったんだろう彼女は、出鼻をくじいた僕に対しての不快感を隠そうとはしなかった。だけどここで引いちゃいけない。今日は珍しく朝から銀さんが依頼でいないのだ。神楽ちゃんが遊びから帰ってくる夕方には戻ってくるって言ってたから、銀さんに聞かれないようにして相談するチャンスは今しかない。

「そこをなんとか!今日の夕飯は神楽ちゃんの好物にするから!」

僕は顔の前で両手を合わせてお願いした。神楽ちゃんの好物はお財布の中が寒くならないから(何せ彼女の一番の好物は卵かけごはんなのだ)、こんなお願いもできる。

しばらく、うーん…、と悩んでいた神楽ちゃんは、

「分かったアル。舎弟が困ってるとあっちゃ聞かない訳にはいかないアル。この神楽サマが解決してやるネ!なんでも聞くヨロシ!!」

と、頼もしく自分の胸を拳で叩いた。一体いつ僕は神楽ちゃんの舎弟になったんだ。







僕が今までの銀さんとの経緯を話している間、神楽ちゃんは耳や鼻をほじったり、ソファで足を開いて寝転んだりしてた。こうやって神楽ちゃんが真似するから、神楽ちゃんの前ではこういうことしないでください!って銀さんに何度も言ってるのに、それもどうやら効果はないらしい。しまいには欠伸をしたりするものだから、話を聞いてるのかどうかわからなくて、僕は「神楽ちゃん聞いてる?」と何回も確認する羽目になった。

「っていうわけなんだけど……、ねぇ、神楽ちゃん聞いてる?」

僕の何回目かの「聞いてる?」確認に、神楽ちゃんは小指についた耳垢をフッと息で飛ばした。これも銀さんの真似だ。

「……なーんでこの私が色ボケ阿呆どもののろけを聞かされなきゃならないアルか」

「神楽ちゃんさっき『なんでも聞くヨロシ!!』って言ってたじゃないか」

「よく言うアル。女心とアジとボラ」

「秋の空ね。それだと魚になっちゃうから、そんな生臭いもの女心と並列したら女性協会みたいなとこから苦情来るからね」

「それにこんな話だってわかってたら聞かなかったアル」

はああ、と大きく息を吐き出しながら神楽ちゃんが言った。ソファに横になったまま、頬づえをついている格好も銀さんそっくりだ。

「そんなこと言わないでさ、本当に困ってるんだよ、どうしたらいいかわからなくって……」

「好き同士で付き合ってるんだから、二人で話し合うのが一番ネ。私は銀ちゃんじゃないからわからないアルよ」

「好き同士……」

僕はこの言葉が引っ掛かった。

「そうアル。新八も銀ちゃんも、お互いが好きで付き合ってるんじゃないアルか?」

言われてみればその通りだと、僕は思った。恋人っていうのはお互いが好きだからなるものなんだ。

「……じゃあ、僕って、銀さんのこと好きなのかなあ?」

僕は神楽ちゃんに聞く、という感じではなく、僕自身に問いかけるように口にした。その言葉を聞いた神楽ちゃんが、目を大きくパチパチさせながら僕を見た。

「……違うアルか?新八は、銀ちゃんのことが好きじゃないアルか?」

「そんなことないよ、どうしようもない人だけど銀さんのことは好きだし、もう家族みたいなものだし、だけど……」

家族としての好きと、恋人としての好き。それって違うものなんじゃないだろうか、そんな当たり前のことに、僕は今更気付いた。

「で、でも銀ちゃんは新八のこと好きアル!」

だらしなく横になっていた神楽ちゃんがその体を起こし、大きな声を出した。

「好きだから、新八に恋人になって欲しいって、言ったアル!」

何故かわからないけど、神楽ちゃんは必死になってくれてるみたいだった。そんな彼女に僕は、「そうかなぁ」なんて曖昧に笑って、誤魔化した。



















神楽ちゃんに相談したのは正解だった、と思う。少なくとも自分でもよくわからなかったもやもやの正体はわかった。だけど、それがはっきりしてきたら、今度はもっと大切なものが僕らの間には欠けているんじゃないかと、疑うようになってしまった。

僕は本当に銀さんが好きなんだろうか?きちんと恋愛感情を持って、銀さんを見れているだろうか?

そして銀さんは、本当に僕のことが好きなんだろうか?

わからない。僕の気持ちでさえこんな覚束ないものなのに、銀さんの気持ちなんてもっとわからない。何せふわふわ漂ってる雲みたいな人だ。雲はなんかカッコいいイメージがあるから、ふわふわ漂ってるモノ……そうだな、ホコリにしよう。ホコリみたいな人だ。そういえば髪の毛もふわふわしてるし、変な髪型だし。僕はそんなことばかりぐるぐると考えてしまって、沸騰しているヤカンに気付かなかった。ヤカンが「早く止めてくれ!」と言わんばかりに甲高い音を出して、ようやく僕はコンロの火を止めた。いつもなら鳴る直前で止められるのに。

茶葉を入れた急須に、ヤカンの湯を注ぐ。すっかりからからになってしまった茶葉からは、これ以上お茶のエキスが出ないんじゃないかと思った。出がらしを使うのも限界がある。お湯を注ぎ終わって、急須に蓋をした。急須の注ぎ口をぼんやり見つめながらも、僕の思考は銀さんのことばっかりだ。

顏は……まあ良い方らしい。女の人にはそれなりに受けが良いみたいだし。でも銀さんに近付いてくる女の人は、正直見た目に騙されているだけだと思う。仕事はしないし(そもそもする気があるかどうかも怪しいと僕は思ってる)、家賃は未払いばっかりだし、その割に毎日ぷらぷらして、止めろって言ってんのに甘いモノばっか食べてくるし、かといって家にいたとしても家事なんか全っ然手伝わないでテレビ見てるかジャンプ読んでるかだし。

……あれ?これただのプータロー?僕プータローと付き合ってんの?つーか、こんな人が僕の恋人なの?

「新八ぃー、茶ぁ持ってきてー」

「はっ、はいィィ!」

もしかして僕典型的なダメ男に引っかかったんじゃないだろうか、というところまで思考がたどり着いたときに銀さんの声が聞こえたものだから、返事の声がひっくり返ってしまった。慌てて急須の蓋を開けて、茶葉が広がっているのを確認する。…確認したところでうっすーいお茶なのは間違いないんだけど。

お茶の入った湯呑を居間に持っていくと、銀さんもといプータローはソファに寝そべり、仰向けになってジャンプを読んでいた。確か二時間前もあの体勢だったと思うんだけど、腕が疲れたりしないのかな。

「どうぞ」

僕がテーブルに湯呑をおくと「おー」と一言だけ返してページをめくる。僕の方なんて見やしない。

やっぱり銀さんも、僕のことを好きなわけじゃないんだろうなぁ。あれはきっと何か気の迷いだったんだ。

ちく、と胸に小さな痛みを感じた。心臓ら辺だ。僕は手の平を心臓に当てる。心臓は変わりなく脈を打っている。こないだお昼の情報番組で観た「ホントは怖い!心臓の痛み!〜心筋梗塞の恐怖〜」という特集の見出しを思い出した。いくらなんでも心不全なんて起こす年齢じゃないと思うけど。でもなんだろう、銀さんが僕のこと好きじゃないって思ったら、なんだか胸が痛い。

だけどこれで僕にも銀さんにも気持ちがないことがはっきりしたのだから、これ以上恋人でいる理由はない。僕は口を開いた。

「銀さん」

「なにー?銀さん今忙しいんだけど。今ルフィが卍解するとこなんだけど」

「それ漫画違います、卍解するのはルフィさんじゃないです。……って、そうじゃなくてですね、」

僕は銀さんの手からジャンプを奪い、仰向けになっている銀さんを見下ろした。

「おっまえなにすんだよ、今いいとこ…」

「恋人っていうの、解消させてもらいますね。僕も銀さんも、お互い好きなわけじゃないみたいだし」

「…………は?」

「彼女ができないからって、周りで手を打とう、みたいな、こういうのよくないと思うんです。お付き合いするなら、やっぱり、本当に好きな人と付き合わなくちゃ」

「え?え?し、新八?え?何言ってんの?」

「それにいくらなんでも僕ももうちょっと高望みしたいんで。変な天パの変態マダオが恋人とかちょっと嫌なんで。言いたかったのはそれだけです。はい、ジャンプ返します」

「お、おお…………って、え?あの、新八、くん?」

「じゃあ、僕買い物行ってきますから、留守番お願いしますね」

銀さんにとっては寝耳に水だったのだろう、ぽかんと間抜けな顔をしている銀さんを置いて、僕は万事屋を出た。


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