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□サイケな恋人
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一人で歩く川沿いは寒かったけど、風はいつもより冷たく感じなかった。そういえばいつもは銀さんのバイクに乗っけてもらってきていることを今更思い出した。あの人やたらスピード出すから、その分顔に当たる風がめちゃくちゃ冷たいんだよな。
銀さんと恋人関係を解消してすっきりした。……とは言い切れないのが今の心境だ。僕の心に居ついていたもやもやは未だ居すわっている。きっと関係を止めたら消えると思っていたのだけれど。だけどこれは未練なんてものじゃない。恋愛感情ではないけれど、銀さんが好きか嫌いかで言ったら好きな人の部類には入るし、どんなマダオであれ、何しろ一応の上司だ。これからの関係をどうしたものか、という意味でのもやもやなんだ、と思う。思うことにする。
さっき、銀さんびっくりしてたな。僕に気持ちがないことをバレたのがそんなに驚いたのかな。もしかしたら、そんな気持ちで僕に恋人関係を持ち出したことを後ろめたく思っていたのかもしれないな。僕が傷つくと思っていたのかも。
変な天パの変態マダオだけど、そういうところは、優しい人だから。
「馬鹿だなぁ……」
そんなの考えなくていいのに。そういう意味では僕のほうが失礼なことをしていた。たとえ相手が仕事の一つもしないダメな人でも、自分の気持ちがわからないまま、銀さんの言葉を断れなかった僕も悪い。だからこれでよかったんだ。また、元の万事屋の主人と助手に戻るだけだ。恋人ではなくなってしまうけれど、悲しいことじゃない。
そう思ったらまた心臓が痛んだ。こんどはかなり痛い。僕は心臓に手を当ててその場にしゃがみこんだ。これは早めに診てもらったほうがいいのかもしれないぞ。最近は天人の持ち込んだ原因不明の病気だってあるんだ。
さっそく明日あたり休みを取って病院にでも行ってみようか、そしたら銀さんに休みをもらわなきゃな。そんなことを考えたときだった。
「新八!」
前から僕を呼ぶ声がした。しゃがみこんだまま顔を上げる。銀さんが息を切らしてこちらへ走ってくるのが見えた。
「銀さん……」
「どうした、大丈夫か?具合悪いのか?」
銀さんはしゃがみこんでいる僕を見て、同じようにしゃがみこんで目線を合わせてくれた。
「ちょっと…なんだか胸が、」
痛くって、と言いかけて、胸の痛みが消えたことに僕は気付いた。なんでだろう。銀さんの姿を見たら痛みはどっかにいってしまった。
「……いえ、なんでも」
「そうか?」
心配気に覗く目が、なんだか嬉しかった。
「あ、あのな、新八、さっきのことなんだけどよ……その、恋人やめるっていうの…」
「ああ、あれ」
「その…なんつーか……俺はよ、まだ、」
「いいですよ、気を遣わなくて。そんな根回しなんかしなくなって僕気にしませんから」
「いやそうじゃなくて!だからあのさ……だから…その、」
銀さんはもごもご口を動かしているにも関わらず、一向に言葉を発しない。僕としてはもう終わったことだし、これ以上銀さんが何を言いたいのかよく分からなかったんだけど、多分「ごめん」とか「今まで済まなかった」とかそんなことなんだろうなぁと思った。そうしたら、またまた心臓が痛くなった。
「痛っ!」
「しっ、新八!?大丈夫か?」
銀さんは僕の体を支えるように、両手で僕の肩を掴んだ。
「だいじょうぶ……です。ちょっと心臓が痛いだけだから」
「心臓?」
「はい。なんか、さっきから痛むんです。さっきよりも酷くなってる」
「だ、大丈夫なのか?それ」
「わからないです……なので、明日はお休みをもらえますか?病院に行きたいんで」
「それは構わねーけど……俺も行くか?」
「いえ、病院は一人で行けると思います。痛むのはときどきですし」
「ときどき?」
「そういえば、銀さんと一緒にいるときかな、心臓痛くなるの」
「え?」
「なんか、きゅううって、締め付けられるみたいに痛くなるんです」
銀さんの、僕の肩を掴む両手に力がこもった気がした。
「それは……どーゆーとき?俺と一緒にいると胸が痛いの?」
「そうですねぇ……さっきは、銀さんが僕に対して悪いって思っていたのかなぁ、って考えてた時です」
「……悪いって、な、なんで?」
銀さんの目が、僕を覗き込んだ。いつもの目じゃなくて、真剣見を帯びた目だ。真剣っていうか、らんらんと何かを期待してる、っていった方がいいかもしれない。なんだろう、逆に気持ち悪いな。
「だから……別に僕のこと好きじゃないのに、恋人になったことを後悔してたのかなぁって思ったんですよ」
「好きじゃない?俺が?新八を?」
「……そうですよ。それが何か」
途端に僕の顔を見ていた銀さんが、ぶふぅっ!と吹き出した。一応手で口は押さえたみたいだけど、唾が僕の頬に飛んだ。
「汚なっ!ちょっと唾飛ばさないでくださいよ!」
僕は反射的に立ちあがって銀さんから離れた。当の本人は僕の注意も聞かず、腹を抱えてひーひー笑い転げている。僕そんなおかしなこと言ったつもりないんだけど。
「ちょっと!なんなんですか、もう!」
「いやー悪い悪い、だってよォお前、ホントこんなやつがいたんだと思うとよォ、こりゃあアレだな、お前を国の天然記念物に指定したいね俺ァ、後世に残すべき逸材だよ、うん」
「なんですか天然記念物って、つか褒めてんですかソレ」
「そーかそーか新ちゃんは俺といると胸がいたくなっちゃうわけねーなるほどねー」
うひひひ、と気持ち悪い笑いを浮かべながら銀さんが僕の肩を抱いてきた。なにこの大人。セクハラで訴えるぞ。
「新八、ひとついいことを教えてやろう」
「……なんですか」
銀さんの言ういいことは、いいことだった試しがない。僕は身構えつつ耳を傾けた。
「お前のその、心臓痛いっての、病気じゃねーよ」
「え!?本当ですか!?」
「おうよ。しかも俺は特効薬を知ってる」
「まじでか!?ど、どうすればいいんですか!?」
思わず銀さんからの朗報に僕は食い気味に尋ねた。まさか銀さんがこの痛みを治せるのか!?こんなマダオが?
「ずーっと、万事屋で、俺といればいーの」
「…………え?」
なんだそんなこと。別に言われなくたってするのに。僕は銀さんの答えにがっかりした。
「いやー言っちまったなァ言っちまったよコレ。ま、なんつーの?決めるときは決める男だからね銀さん、その辺心得てる……」
「いやそんなことじゃなくて、もっとこう、何でも効く薬を持ってるとかじゃないんですか」
「……ん?」
「そういうからには、なんか薬持ってるんでしょ?」
僕がそう訊ねると、銀さんの表情はみるみる曇って行った。曇って行ったというより、僕を見て呆れてるみたいだ。
「…………お前、」
「?」
「天然通り越してバカなの?バカの子なの?」
「はあ!?」
「いやぁ…だって流石にあれはさぁ…気付くと思うよ?銀さん頑張ったよ?ドヤ顏で決めて見せたよ?それをお前気付かないってバカ以外ねーだろ。もっとお前はできる子だと思ってた銀さんがっかりだよ!」
「なっ!?だ、だって銀さんが特効薬知ってるなんて言うからでしょ!!それにがっかりなのはこっちですよ、いっつもいっつもだらだらだらだら、仕事なんてしやしない、そんなマダオにがっかりしたなんて言われたくないですよ!」
「だから俺はマダオじゃねーって言ってんだろたまたま依頼が来ないだけだろうが!」
「はいはいわかりましたよもういいです、アンタみたいなのにわざわざ気を遣った僕がバカでしたァー」
「あっ、おいコラ新八!」
僕は銀さんをおいてまた歩き出した。歩道の横を流れる川は夕陽の色を映し出してる。もうすぐ晩ごはんの時間だ。銀さんは一人ぶつくさ言いながら、僕の後を仕方なしについてきた。
「くっそ今度はちゃんと告白して恋人になるからなー、覚えておけよダメガネ」
銀さんが何か独りごとを言ったみたいだけど、どこかの野良犬の「アオーン」という間抜けな遠吠えで、僕にはよく聞き取れなかった。
それでももう、心臓の痛みは確かに無くなっていた。
「おい神楽てめェ新八に何吹き込んだんだコラァ」
「うるっさいネ。大体のことは新八に聞いたヨ。もとはと言えば銀ちゃんがあんな中途半端な告白するからいけないアル。男なら『俺は死にましぇん!新八が!好きだから!!』くらい言ったらよかったアル」
「バカヤローあれは鉄也がやってこそ価値があんだよ。俺みたいなイイ男がやってもただのナルシスヤローだろうが。つかなんでお前がそんなセリフ知ってんの?」
「こないだの再放送で観たネ。テツヤは私の心の師匠アル。つか自分をイイ男って思ってる時点でナルシスヤローアル。そんなことだから新八に振られたネ」
「おうよそれだ。これがァ、実はァ、ただ振られたわけじゃないんだなァ」
「……鼻の下伸びてるネ。銀ちゃんの気持ち悪さが今日は二倍アル」
「へっ、なんとでも言え。何せ新八は俺に惚れてるんだからな。だけど新八はお子ちゃまだから銀さんも大人しく待つことにしたのよ」
「……」
「あっ、何その顔、信じてないだろ、絶対信じてないだろ、だけどホントなんだなァこれが」
「定春、今日の餌はふわふわ天パアルよー」
「痛い痛い痛いすいまっせん調子こきましたァァァァ!!!」
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モーモー/ルル/ギャバン:サイケな恋人
2012.02.22 月見 梅