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□深海魚
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雲は重く、風は冷たい。すでに廃墟となってしまったターミナルは、その無様な姿をさらしながら今日も天を衝いている。

新八は廃れた裏通りを当てもなく歩く。腹が減った。お登勢のところにでも行こうか、とも思った。だけどあそこに行くと余計なことまで思い出してしまう。

ある事件を追っていた銀時は失踪した。その事件とは今江戸の町に蔓延する「白詛」と呼ばれる病原体に絡んだものらしいということはわかっているが、探しても探しても出てくるのはすでに白詛に侵された患者ばかりで、肝心の銀時へとつながる手がかりはほとんどない。

歳月は容赦なく流れ、すでに五年が経過した。最初こそ銀時の無事を盲目的に信じていた新八も冷静になり、認めたくない現実を受け入れ始めていた。


銀さんはもう帰ってこないのかもしれない。


「よう、兄ちゃん。こんなところで何してる?暇なら俺達の相手していけや」

振り向くのも億劫だ。ターミナルが破壊されて以来、ただでさえいいとは言えなかったかぶき町の治安は一気に悪くなった。

「……フン、貴様らの相手などしているだけ無駄だ」

「てめぇ!!」

襲いかかってきた三人を倒すのに十秒もいらなかった。五年間、銀時の代わりにこの町を守ろうと休まず鍛錬してきたおかげだ。木刀も右手に馴染んできた。

どしゃ、と男たちの大きな体が地面に沈んだ。新八は木刀を腰にしまう。風に煽られた黒衣が風になびく。

「そんなチンピラ、いちいち相手にしてたらキリがないわよ」

土煙の舞う中で、目の前に見えたのは懐かしい流水紋の着流しだった。五年の歳月の中で、赤髪は腰までに伸びていた。

傘を差した神楽がそこに立っていた。後ろには定春が控えている。

「……しょうがないだろう。向こうから絡んでくるんだ」

「百詛のことは何かわかったかしら」

「わかっても教えると思うか?」

「……それもそうね」

神楽は髪についた土ぼこりを払い、傘を閉じた。

「いつまで万事屋を名乗るつもりなのか知らないけれど、私の邪魔をしたら許さないから」

「それはこっちの台詞だ。……万事屋は俺が継ぐ」

「ふん、上等だわ。行くよ定春っ!」

ひらりと定春の背に跨り、神楽はまた土煙の向こうに消えていった。定春の白く大きな尾を、新八は見えなくなるまで見つめていた。








夕刻を過ぎたあたりから雲が多いことはわかっていた。そしてその予想通り、日が落ちるとともに大粒の雨が降り出した。新八は町はずれにある空き家を今日の寝床と決めた。

「ふう……いきなり降り出したな」

古い所為でなかなか開かなかった引き戸を無理矢理にこじ開け、玄関のあがりかまちに腰かける。木刀と真剣は腰から抜いて隣においた。濡れた前髪からぽたりと滴が落ちる。

百詛が江戸の町を壊滅させてから、正確には姉の妙が百詛に罹ってしまったときから、新八は自宅へ帰らなくなった。いや、帰りたくなかった。姉のいない家など帰っても仕方がない。今はこうして使われていない建物を見つけてはもぐりこみ根城としている。百詛のせいで人の寄り付かなくなった江戸には朽ち果てた家屋はごまんとある。

眼鏡を外し、眉間をもむ。伸びてしまった髪が邪魔だ。左手でぐしゃぐしゃとかきむしる。雨が地面を打つ音がうるさい。乱雑にブーツを脱ぎ捨てて部屋の中へと上がり込む。

廊下の突き当たりにあるガラス戸を引くと、そこは寝室らしかった。おあつらえ向きに布団まで敷いてある。少し汚いが何もないよりはいいだろう。黒く重たいコートを脱ぎ捨てて、布団にごろりと横になったときだった。

玄関の方から爆発音が聞こえた。

「!?」

すぐさま起き上がり、近くに置いてあった木刀を取り構える。かぶき町を守ると決めてから売られた喧嘩はすべて買ってきた。奇襲をかけられるのも初めてではない。新八は相手の出方を見るために息をひそめて待った。

「……?」

しかし、いくら待っても相手方が襲ってくる様子がない。妙だ。新八はゆっくりと立ち上がり、引き戸を薄く開けて玄関の方の様子を見た。

「……っく、えっく、」

相手は一人のようだ。土煙に遮られてよく見えなかったが声が聞こえてきた。

「うえっ、ええっ……」

まるで子供の泣き声だった。それで新八は相手が誰なのかを察した。警戒する必要がなくなったため、寝室の引き戸を開けて玄関へ向かった。

「うえぇええん、パピィイ、マミィイイ〜」

神楽が、玄関にしゃがみこんで泣きわめいていた。新八は小さく「またか」と呟き、あがりかまちを降りた。

「……かぐら、」

かつてそうしたのと同じように、ゆっくりと呼びかけてやれば、神楽は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

「……マミィ!」

そこにいたのは昼間に見た大人びた表情をした神楽ではなかった。昔と同じ、神楽を置いて行ってしまった両親を探す幼子のままだ。

胸の中に飛び込んできた神楽を、新八は受け止めた。

「ふえっ、ひくっ……うああああん」

「大丈夫、大丈夫だよ……」

髪を撫でて肩を抱いて、新八は神楽をその腕の中で宥める。ぽんぽんと背中をさすりながら、安心させるように。

銀時がいなくなってから、神楽にまたこの症状が現れ始めた。ふらふらと居場所を変えているはずの自分が必ず見つけられてしまうことが不思議だったが、定春が自分の匂いをたどって神楽を自分のところに連れてきていると知って納得した。玄関の外には、今日もまた大きな尾が揺れている影が見える。

「パ、ピィ……は……?」

新八の胸で泣いていた神楽が顔を上げる。その言葉はずきりと心の臓を刺した。


銀時は、いない。


「パピィは……」

「いないアルか……?」

青い瞳が、涙で揺れる。すっかり大人の女性のものとなった顔の輪郭に、ハの字にゆがめられた子供の眉は滑稽だった。

「なんで……?なんでパピィは、私を置いていくアルか……?」

「それは……」

答えられない。新八は神楽の瞳から目をそらした。

「……ごめん」

「なんで、なんでえっ……?うえっ、うああああ――っ……」

「ごめん……」


いくら髪を撫でてやっても、きつく抱きしめても、神楽は泣きやみそうになかった。新八は歯を食いしばった。唇からは血が一筋、流れ落ちた。





泣き疲れてそのまま眠ってしまった神楽を寝室の布団に寝かせてやった。目の下が赤くなってしまっている。明日はひどい顔をしてるだろう。

新八は横にはならず壁にもたれて座った。木刀と真剣を壁に立てかける。眠る神楽に視線をやる。起きているときはすっかり大人になったと思うのに、こうして見る寝顔はあの時と変わらない。

万事屋で、三人と一匹でいた頃と。

「……ちくしょう」

新八は拳を握りしめる。

僕じゃ、僕だけじゃダメなんだよ。マミィだけじゃ、神楽ちゃんは泣き止んでくれないんだよ。


アンタがいなきゃダメなんだよ。

「……銀さん、」

零したその名は闇に消えた。




僕らは待っている。この見捨てられた街の底で。


アンタの声が、僕らに届くまで。














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山崎/まさ/よし:深海魚



2013.09.17 月見 梅
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