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□やっつけ仕事
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死とは、いつでも近くにあるものなのだ、と誰かが言っていたのを覚えている。だとしたらそれは僕にだって言えることなんだろうけど、生憎と、生死の境に立ったことは今まで無い。それを知っている人間は、常に死の匂いがすることを、僕は最近知った。
新八は人通りの無い道を一人歩いて、家に帰る。紺色の空には、限界までやせ細ってしまった月が、わずかな光をこぼしていた。
今日あたりあの男が来そうな予感がする。
別に待っているわけじゃない。ふらりと現れて、勝手に去っていく。その間隔は毎日だったり、一ヶ月空いたりとまちまちだ。そんなのにいちいち振り回されていられるほど僕だって暇じゃない。
数メートル先には自宅兼道場の門が見えた。
その人物は新八を待ち構えるように、門の前で、塀にもたれて煙管をふかしている。
「よォ。」
最初こそ驚いたものの、今はもう慣れてしまったこの光景。
テロリストとして幕府から追われている男が、自分を待っている。
新八は自分の予感が当たったのが嬉しいとは決して思えない。
また僕は、理由も無いのにこの男を受け入れるのだ。
「どうぞ。」
新八は高杉にお茶を差し出す。お人好しとはよく言われるが、テロリストにお酒なんて出してやるほど、新八はお人好しではないつもりだ。
「気が利かねぇな。おめーは俺に茶で晩酌しろってのか?」
口調は新八の態度を咎めているように思えても、その表情は愉快そうだ。薄い唇を吊り上げて高杉は、新八の出したお茶に口をつけた。
「お茶出すだけマシだと思ってください。それでなくてもアンタお尋ねモノでしょう。」
新八は、感情のないように淡々と言う。
この男が幕府から追われているのも分かってるし、さらにその幕府を潰そうとしているのも分かっている。もっと言えば、銀時の昔の仲間と言うことも知っている。
だけど僕には何の関係も無い。
「俺にそんな口聞くのは、おめーくらいのもんだなァ。」
灯りもつけない、広い居間の中。月明かりだけが、新八が男の顔を確認できる手段だ。月を背に、茶をすする男の姿は、やはりどこか滑稽のように思う。
新八は、高杉がここに来る目的を一つしか知らない。そのほかは知りたいとも思わない。こんな危ない男に関わったところで、得することなんて何一つ無い。
茶なんかすすってないで、早く済ませてくれればいいのに。
お茶を飲み干して、高杉は湯飲みをことり、と置いた。
「新八。」
右目だけで新八を見て、高杉はその名を口にする。新八は表情を変えずに、静かに、高杉の前に立ち上がって袴の帯をしゅるりと解いた。締め付けがなくなった袴は、ぱさ、と乾いた音を立てて畳に滑り落ちる。
高杉と新八の、合図。
新八はそのまま胡坐をかく高杉の腰に跨った。新八の誠実さを表すような、その透き通った眼鏡を外して、テーブルに置く。レンズが、かちゃ、と音を立てた。うつむく顔にまつげの影が浮かぶ。
目の前に在る高杉の唇に、新八は自分のものを重ねる。少しだけ口を開けておいてやれば、あとは高杉の舌が侵入してくるのを待つだけだ。
「…んっ……」
ゆっくり、焦らすように、高杉の舌がぬめりを伴い新八の口内を犯していく。高杉は新八の腰に右腕を回し、自分の腰に引き付ける。着物の合わせ目に左手を這わせ、新八の体に残った布を剥いでいく。
くっきりと月明かりに浮かび上がる少年の体。その表情に、少年らしさは無い。
白く弱い月の光が反射して、新八の体の形を縁取る。
今日はまだ、大人しいほうだ。
どこか冴えた、冷え切った頭で新八は思う。酷いときには慣らしもせずに挿れられることもあるし、縛られて好き勝手されることもある。今は多分、高杉の機嫌がいいのだろう。
執拗に新八の舌を自分の口内で弄んだ高杉は、唇を離して、新八を見上げて、あの笑みを口に浮かべた。
「今日は『普通』ですね。」
無表情を顔に張り付けて、新八は高杉に言った。
「相変わらずおめーは、面白ぇ奴だな。痛ぇのがいいのか。」
高杉が何をもって自分を面白いというのか新八には理解できない。別に理解しようとも思わない。どうでもいい。
この人にとって、僕は玩具だ。玩具が、持ち主を理解しようとするだなんてそんな可笑しい話はない。玩具は主人を楽しませるのが仕事だ。それを機械的にこなせばいい。
「あっ…」
高杉が新八の首筋に口をつける。背筋にぞわりと快感が走る。次の瞬間、ちり、とわずかな痛みを感じた。
首筋に咲く小さな赤い花。
新八はこれをつけられるのが嫌いだ。なのに、いくらするなと言っても高杉はいつも新八にその証を残す。今はもう、咎めるのも億劫だ。
高杉の左手が、新八の胸に触れた。
「あっ」
高杉自身とはまるで対照的な繊細な指先が、新八の胸の突起をきゅっと摘む。少しの痛みとこの先を予期させる甘い痺れ。新八は安心して高杉に身を委ねた。
新八が欲しいのは快楽だけだ。だからこうやって、甘んじて高杉の愛撫を受ける。別に高杉じゃなくてもいい。
だから、高杉さんがどこかで野垂れ死んだとしても、僕は多分驚かない。
「…んっ……く…」
こりこりと指先で苛められて、そこはすぐに芯を持つ。高杉は首筋から顔を動かし、ぷっくりと、赤く主張する芯に唇を寄せた。
ちゅ、と音がしたと思えば、真っ赤な舌でじゅる、と舐め上げられる。新八は体の奥でちりちりと欲望が高まっていくのが分かった。
高杉の頭を抱えて、胸を突き出す。
新八の意図を理解し、高杉は小さな突起に歯を立てた。
「あ、あぁッ」
女よりは低く、男よりは高い掠れた声を上げる。高杉は甘噛みと舌での愛撫で新八を攻め立てる。新八は、自分の下半身が熱を持ってきたことに気付いた。
「反応してんなァ。」
高杉はそういって、新八の着物の裾から左手を入れた。するすると内股を冷たい手で撫で上げる。すぐには触らない。
新八は焦らされるのも嫌いだ。どうせするなら、さっさと気持ちよくして欲しい。そんな気持ちを込めて高杉を見れば、あの薄笑いは消えていない。しかし新八の心情を分かっていて、あえて焦らしている。そういう男だ。
性質が悪い。新八は思った。
そうしてようやく高杉は、開かれた脚の真ん中に、緩く立ち上がる新八の自身を握る。
「ガキのくせしてよォ。」
快感に浮かされ、息が上がって答えられない。高杉は新八の答えを待たず、握った左手をゆっくり動かし始めた。
くちゅ、と新八の先走りがこぼれて高杉の手を濡らす。
「ふぁあ…ん、ん……」
ゆっくりと、だが確実に、新八の自身は固く勃ち上がる。それでも高杉は手の動きを早めずに緩く動かすだけだ。
体は高ぶる。熱を持つ。皮膚が赤みを帯びる。気持ちいい。確かにそう思うはずなのに、新八はこの目の前の男への気持ちがわからない。なんの感情も沸かない。
わからなくても、こうやって抱いてくれるならそれでいい。
「っ…!ふっ、あ、」
高杉の手が早まり、その突然の快感に体がついていかない。一気に頂上へと上り詰めていく体。
「あッ…あ、やぁっ、ああッ…」
たまらず新八は首をのけぞらせた。高杉がその首に手を当てて、少し力を入れたら、きっと息を止めるのだろう。新八の体は高杉の意のままだ。
「イけ。」
冷たい声で高杉は命令する。そんな命令されなくとも、と、新八はあっけなく頂上を迎えた。
ぐぷ、と新八の精液が高杉の手と新八の着物を濡らす。高杉が更に何回か扱くと、残りの粘液も新八の体内からあふれ出る。
「あ、ああ、」
その余韻に体が震える。新八はくったりとした体を高杉に預けた。すぐ耳元で水音がしたかと思うと、中にぬめりを帯びた何かが入ってくる感触。
「うわっ!」
思わずその身を高杉から離す。高杉が新八の耳の中に舌を這わせたのだ。
「な、何すんですかぁ…」
ぞくぞくした感覚は、新八から体の力を奪う。新八は耳を押さえて、涙目で高杉をにらんだ。無表情のはずの顔に少しの生気が戻る。
その顔を見て、高杉はようやく新八を犯す気になる。
「耳でも感じるのか。」
高杉は、くっと喉で笑って、また新八に口付ける。そして新八の頭を右手で固定して、そのまま畳へ体を押し倒した。
新八の上に覆いかぶさり、執拗に唇を求める。ぐちゅぐちゅと舌でかき回しては、薄く目を開けて新八の反応を見ながら楽しんでいる。
新八は着物がまだまとわりつく腕を伸ばして、高杉の背中に回した。着物越しに触れる筋肉が、自分とは違う生き物だと新八に教える。
口づけの途中で吸い込む息は十分でなく、酸欠に陥った頭が霞んでいった。
「はぁっ…」
唇を離して、下から見上げる男の顔は長い前髪でよく見えない。新八は、はだけた着流しから見える男の胸元に手を這わせた。
なんの感情も沸かない。
果たしてそれは本当か。
問われれば、新八は即答できない。
新八の手に、高杉の心臓の鼓動が響く。血がめぐって、高杉が生きていることを感じさせる。
高杉は、生きている。
「…なんだ?」
高杉の胸に手を当てたままの新八を訝しがり、高杉は目を伏せて新八を見下ろした。
「………何も。」
無表情で答える新八は、その奥に何かを隠しているように見えた。
高杉はさして気にも留めず、いまだ新八の腰に巻きついている帯を、器用に解いていく。帯がはらり、と解かれれば、一糸纏わぬ体が高杉の眼前にさらされた。
隠そうともせず、四肢を投げ出して高杉の愛撫を待つ体は、抵抗などしない。
高杉は、新八の右足を肩に担ぎ上げると、先刻の快感の更に奥、これから自分が犯す孔に右手の中指を入れた。
「くっ…ん…」
弛緩している体はなんなくそれを受け入れ、指を締め上げる。
「ふ、うんんっ…んあ…」
「おめーのここは、女のそれより具合がいいなァ。」
指を奥に進めるまでもなく、解れているそこに気を良くして高杉はもう一本指を増やす。新八のそこは、二本目の指もじゅぷ、と飲み込んで行く。
「…っあ、あぁ、ひぅっ」
指を進めていくのに合わせて、新八の体がピクリピクリと震える。持ち上げられた右足が引きつる。青白い、汗で湿った肌が光る。
高杉は容赦なく指を動かす。精液と先走りで滑りの良くなった指に、新八は痛みよりも悦楽を感じた。響く水音。自分がいかに浅ましく感じているか、新八はその音で知る。
爪の先まで抜いては根元まで入れる。それを繰り返される。
足を持ち上げたまま、高杉は体重を掛けた。足は限界まで開かれた。距離が近くなった顔に、新八は今、この男に抱かれていることを認識した。
新八は、近づいてきた唇に、自ら口づけた。
「…んっ…ふぅ、んっ」
後孔に指をくわえ込みながら高杉の唇を必死に求める。体で誘うことはあっても、新八から口づけを求められたことは無い。高杉はいつもと明らかに違う新八の様子に違和感を感じながらも、新八の口づけに応えた。
唇を離すと同時に、高杉はその指を抜いた。
「ふあぁッ…!!」
断りも無く挿れられた高杉の自身に、たまらなくなって新八は背をしならせた。腕を伸ばして、高杉の肩に手をかける。ぎちりと軋んで、そこが高杉を受け入れた。
新八の蠢く中で、脈打つ高杉自身。
生産性なんて無い。男同士のこの行為に意味なんて無い。だからこそ、この行為はお遊びであり日常として成り立っている。
「はぁっ…あう…あ、…う、ん、」
それでも、生きていなければこの意味の無い行為でさえ出来ない。
新八が両脚を高く上げると、高杉の挿入がより深くなった。新八の中を圧迫感が満たしていく。
自分を抱くこの男もいつか死ぬ。
そう思うと新八は、もう少しこの男の玩具でいてもいいか、と考える。
体温が下がり、平穏な、波一つ立たない心に戻る。新八の目線は天井を見つめているものの、その先に映るものは何も無い。一組の布団の上のその左隣で、高杉は片膝を立てて煙管を吹かしている。
「……なんだ、今日はまた、やけに静かじゃねぇか。」
身じろぎもせず、言葉も口にせず、ただ横たわる新八を見て、高杉が言った。
「…アンタ相手に、しゃべることもありませんから。」
「そりゃあ、随分と嫌われたもんだ。」
高杉は下を向いて、くつりとひとつ、喉だけで笑う。
僕の気持ちなんか、構わないくせに。
新八は目線だけを高杉に移し、
「今日、泊まりますか。」
とだけ聞いた。
「…いや。」
答える高杉の口元には、あの歪な笑みは無い。新八は、また何かするんだろう、と思った。テロリスト活動も、なかなか忙しいらしい。
「飽きませんね、アンタも。」
「まぁな。」
「死ぬんですか。」
「そうかもな。」
「……出来れば、死なないでくださいよ。」
「そのつもりだが、わからねェ。」
「僕の目覚めが悪くなるので。」
「おめーの目覚めなんざ、知ったこっちゃねぇよ。」
新八を見下ろして、高杉はまた笑った。この、なんとなく不気味な笑い方はどうにかならないかな、と新八は関係の無いことを考える。
「おめーこそ、死ぬんじゃねぇぞ。」
高杉が新八に言った。新八のその目が、少しだけ見開かれる。新八に死ぬ予定はさらさら無い。
「…僕はアンタみたいに危ないことしてませんから。」
「いや…、人間てのはわからねェ。おめーが明日死なねぇなんて、誰が言い切れる?」
高杉は銜えていた煙管を口から離し、紫煙を吐き出した。
戦場を生きてきた人間の言葉だ。そして高杉は今もまだ、戦場を生きている。
「明日もいると思ってた人間が死ぬのは、珍しくねェ。」
高杉さんは、『明日もいると思ってた』人を亡くしたことがあるのかな。新八は高杉の包帯に隠れた左目を見つめながら、ぼんやり考えた。
どうせ、僕が言ったところで、この人は死ぬときは死ぬんだろう。
僕には、関係の無い話だ。
そう思いながら新八は目を閉じた。高杉は、煙管の火を消し腰を上げる。新八の耳に、部屋のふすまが開く音が届いて、高杉が出て行ったのがわかった。
高杉にとって、退屈を紛らわすためのお遊び。
新八にとって、快感を受け入れるだけの日常。
それでも、明日も、明後日も、その先も、生きていて欲しいと思うくらいには想っている。
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椎名/林檎:やっつけ仕事
高杉さんて書くの難しい。
2010.06.17 月見 梅