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□ヘルプミーヘルプミーヘルプミー
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雲ひとつ無い晴れた空。僕は今日も楽しく過ごしている。平和な毎日と、少し困った、愛しい人達。だけどどこか、ぽっかり空いた穴がある。



時刻は午後二時五分前。午前中に降った雨のせいで、空気はしっとりと水分を含んでいる。もう少し経てば、太陽の光は衰え始める。いつもより少し早い買い物からの帰り道、新八はふとその足を止めた。どこかから動物の鳴き声がする。

「…猫?」

向きを変え、道路から少しだけそれて、新八は除草されていない草むらを掻き分けて進んでいく。素足の部分に草がかすれた。濡れた草の青臭い匂い。

草むらのその先に、小さなダンボール箱がぽつんと置いてある。濡れてしまってはいるが、その口はガムテープでしっかりと閉じられている。猫の鳴き声に合わせてがたがたと箱が揺れた。

新八は急いで箱の傍により、買い物袋を注意して地面に置いた。卵が入っているから割ってしまってはいけない。

箱を持ってガムテープを剥がそうとするものの、水分を含んでしまって剥がしづらい。新八は箱を地面に置き、力を込めて、びりり、とテープを何とか剥がした。ガムテープが指先にくっついてべたべたする。新八はそっとふたを開け、中身を確認する。

中には、仔猫が三匹ほど、新八を見上げて鳴いていた。

「わぁ…」

真っ白でふわふわなのと、赤みがかった茶トラ、それと青い目をした黒。その色がまるでどこかの三人を彷彿とさせるようで、新八の顔には少しだけ笑みが浮かんだ。仔猫はニャーニャーと、くりくりした大きな目で新八に何かを訴えている。

お腹が空いてるのかな、と新八は思い、隣に置いた買い物袋の中身をごそごそと漁る。セールで買った、今日のサラダに使うはずだった一個八十九円のシーチキンを取り出し、その口を開けた。今日のサラダはレタスだけになってしまうが仕方ない。その器ごと猫にあげようとして、手を止める。金属の器で舌を切ってしまうかもしれない。新八は差し出そうとした手を引っ込め、中身を少しだけ取り出し、手のひらの上に乗せて、再び猫の目の前に差し出す。

三匹は我先にと、新八の手に食らいついて、シーチキンを貪った。

「かわいいなぁ…」

とつぶやくと同時に、新八はこの仔猫を捨てた人間に対して憤りを感じていた。猫の入っていたダンボールはガムテープでがっちりと封じられていた。猫が生きているままで。つまりこの三匹を捨てた人間は、猫を捨てるだけでなく、殺そうともしていたのだ。

こんなに必死で生きているのに。

「非道いね…」

三匹は新八の言葉など気にもせずに、目の前の食事に夢中になっている。シーチキンはあっという間になくなってしまった。新八は、また器から少しだけ取り出して手のひらの上に乗せ、差し出す。それを何回か繰り返せば、器の中のシーチキンはすぐに空になった。

「ごめんね、もうなくなっちゃった。」

三匹はもっと、とでもいうように新八を見上げて喉を鳴らす。このまま放っておくことはできない。新八はこの猫をどうするか、頭を悩ませた。今の万事屋にはすでに犬が居る。しかも規格外の大きさだ。きっと猫達は怖がってしまうに違いない。さらに言えば、万事屋が猫を三匹も飼える経済状況ではないことを、従業員ながら家計を握っている新八が一番良くわかっている。

かといって、自宅の方でも同じく飼う余裕はない。ただでさえ少ない給料の中、姉弟二人でなんとかやっているのだ。

逞しい野良猫の多いかぶき町とはいえ、こんなに小さくてはきっと生きていけないだろう。

引き取り手を探すのが一番手っ取り早い。しかし新八の身近で引き取ってくれそうな人間は思いつかなかった。

「どうしよ…」

鳴き続ける三匹の前で、新八は途方にくれた。









新八はひとまず三匹をそのままにして、万事屋へ戻った。万事屋の階段を登りながらも、考えるのは猫のこと。

「ただい…」

「新八ぃッ!!」

玄関を開けた途端、飛びついてきたのは神楽だった。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。さっきの茶トラの瞳を思い出した。

「今日は焼肉アル!!食べ放題アルゥゥ!!」

「へっ??」

神楽は新八の着物を引っ張って、新八を急かす。急かされるまま、草履を脱いで新八は神楽と居間へ向かった。そこにはいつも以上ににやけた顔をする銀時がソファーでふんぞり返っている。

「銀さん、ただいま戻りました。」

「おーう、おけーり。」

腕組みをして、銀時はそのにやけた顔を新八に向けた。よく分からないが、何かしらいいことがあったんだな、と新八は予想する。その銀色の天然パーマが、あの白のふわふわな毛並みに重なった。

「……なんかあったんですか?」

「ふふん、新八君。銀さん今日パチンコで大勝ちしちゃってぇー。ぼろ儲け?みたいな?」

なるほど、と新八は納得した。今日はギャンブルの神様の機嫌が良いらしい。こんなダメ人間にも神様は優しい。

「なんつーの?俺の時代的な?勝利の女神も俺にメロメロよ。あん時ぁ、スケスケシースルーのドレスで俺を誘ってるのが見えたね。」

新八は持っていた買い物袋をテーブルにおいて言った。

「それはよかったですね。じゃあ来月の家賃に回しましょうか。」

「えええー!?」

と神楽と銀時から抗議の声が上がる。

「焼肉行きたいアルゥ!!」

「そーだぞ新八!!こんな時に焼肉行かなくていつ行くんだバカヤロー!!」

「何言ってるんですか。そんな無駄遣いする余裕ないでしょ。今月だってギリギリなのに。」

「この陰険ダメガネがぁ!いいか!?今夜焼肉を食う事によって俺達の血肉となり明日への糧となるんだ!!そして明日も気持ちよく仕事ができる!!」

「明日依頼なんて入ってないでしょ。」

食らいついて熱弁する銀時に、新八はきっぱりと言い放った。仮に依頼が入っていたとしても、気持ちよく仕事をこなすことなど出来ないことも、新八は分かっている。どうせぐだぐだになるんだから。

「新八ぃ、焼肉行きたいアルぅー。」

神楽が新八の着物の裾を持って、新八を見上げる。確かに最近、神楽にはひもじい思いをさせている。なんとか毎日頭をひねって食卓を飾ってはいるものの、その量は決して神楽を満足させてはいないことに、新八は申し訳なく思っていた。

たまには神楽ちゃんもお腹いっぱい食べたいだろうしなぁ。

神楽がお腹いっぱい食べられない経済状況を作っている当の本人に、焼肉なんて贅沢モノを食べさせるのはいささか甘やかしすぎかとも思ったが、新八は結局折れることにした。

「分かりましたよ。その代わり二時間食べ放題のとこですからね。」

「キャッホォォォ!!!」

「デザートあるとこな。」

二人が喜んでいるのを見て、新八はやっぱり折れてよかったと思った。シーチキンを三匹にあげてきてよかった、とも。













「あー食った食った。」

「お腹いっぱいアルー。」

「もう、少しは遠慮ってモノをしてくださいよ。お店の人が明らかに嫌がってましたよ。」

「いーんだよ、食べ放題なんだから。こっちは客だぞ。お客様は神様だろ。」

「あんたらはいっそ疫病神ですよ。」

二時間という短い時間制限の中、底のない神楽の食欲と、銀時の甘味への飽くなき執念で、店の在庫をほとんど食らい尽くした。会計をするときの店員の青ざめた顔を見て、新八は思わず頭を下げてしまったほどだ。

それでも二人の満足そうな顔を見ると、新八は、まあいいか、と思ってしまう。

三人で歩く夜の道に人通りはなく、明るい月に照らされて三つの影が寄り添っている。その影を見て新八は、なんか幸せだな、と思うと同時に、こんなことで幸せを感じてしまう自分に呆れた。僕も大概、安上がりな奴だな。

ふと、三つの影を見ていて、頭によぎるものがあった。

あの三匹は、どうしただろうか。

「…あの、僕今日はこのまま帰ります。」

「なんだ、じゃあついでだから家まで送ってやるよ。」

気を使ってくれているのだろう、銀時が言った。なんだかんだ言いつつも、新八は銀時のこういうところは優しいと思う。

「いえ、大丈夫です。そんなに遠くないし…」

「そうか?じゃあ気をつけて帰れよ。」

「はい。お疲れ様です。」

「新八おつかれアルー。」

手を振る二人に別れを告げて、新八は自宅の方向へ足を向けた。寄り添っていた三つの影は、一つと二つに別れて離れた。
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