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□あなたがいてもいなくても
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あなたがいてもいなくても、僕は生きていけない。






いつものように口づけて、その肌に手を這わし、体を重ねて、高杉を受け入れた。朝になって目覚めてみれば、隣に愛しい人はいない。当たり前のその光景に、淋しさを覚えるようになったのはいつからだったか。

少しだけ煙の匂いの残るシーツに顔をうずめて、新八は目をつぶる。残り香が鼻をつく。完全に覚醒した頭は、昨夜の行為を思い出せと新八に命ずる。

頭の中で反芻するその行為の中で、高杉は言った。「お前は俺のものだ。」と。

勘違いも甚だしい。新八は眉をひそめた。自分は高杉にとってただの暇つぶしの玩具だ。珍しいから、高杉も構っているだけの話。高杉が自分に飽きたら、きっとここへは来なくなる。それで終わり。高杉と新八を繋ぐ糸は、あっけなく切れてしまうだろう。

それでいい。こんな不毛な関係、僕の性には合わない。

新八は体をゆっくりと起こし、立ちあがって風呂場に向かった。高杉が来た次の日の朝は、これがすでに日課になっている。

冷たい水のシャワーを出して、頭からかぶる。水が髪と体を濡らしていく。乾いて体にこびりついた体液が剥がれて、排水溝へ流れていく。新八は右手の中指を、後ろから自分の後孔にあてがう。少し力を入れてそれを潜り込ませれば、昨夜の行為の残滓が太ももを伝った。

「…っはぁ……」

高杉の指を思い出してはいた吐息には、かすかに色が混じっている。水は冷たいはずなのに、新八は自分の体が熱を帯び出したのが分かった。高杉がするように指を動かして、快感を追う。

今夜、高杉が再びやって来ることを、新八は願う。











高杉が来るのはいつも夜だ。それはもちろん、高杉が幕府から追われている、ということもある。だけど新八は、それだけが理由ではないような気がした。自分と高杉の関係があまりにも現実離れしすぎていて、高杉は本当に存在する人間なのかどうかすら、いまだ信じることができない。

そんな新八の疑念を知ってか知らずか、その夜も高杉はやってきた。大きな酒の瓶をその手に持って。

「何ですか、それ。」

居間にどっかりと胡坐をかく高杉に、新八は尋ねた。持ったお盆をテーブルに置く。今日は時間が遅かったから、もう寝ようと思って布団を引いていたところだった。

「見てわかんねぇか。酒だ。どっかの糞ガキは、酒を出す気も使えねぇようだからなァ。自分で持ってくるしかあるめぇよ。」

「自分で持って来るようじゃ、世話ありませんね。」

言いつつも、新八は高杉からその瓶を受け取り、立ち上がる。

「冷でいいですか。」

「構わねぇ。」

新八が持ってきた徳利とお猪口は真っ白な瀬戸物で、しなやかな曲線を持ちつつも、硬質な表面がどこかしら少年の体を思わせる。高杉がお猪口を持つと、新八は徳利を持って酒を注いだ。高杉はお猪口に口をつけて、一気に飲み干した。喉仏がごくり、と動いて、酒が高杉の体に吸収されていく。

新八はその様子をただ、眺めていた。

「…なんだ。欲しいのか。」

新八の視線に気づき、高杉が薄く笑う。唇の端だけをあげて笑う高杉独特の笑みは、いつも新八を悲しくさせる。

「欲しいです。」

新八は高杉の目を見ていった。包帯で隠れて見えない左目も、新八は見たいと思った。

「ガキは何でも、人のものを欲しがる。性質が悪ぃな。」

高杉は持っていたお猪口を、新八に手渡した。新八はそれを両手で受け取る。お猪口と一緒に、高杉の冷たい手を両手で包み込んで、もう一度言った。

「欲しいです。」

高杉の目が驚いたように見開かれる。新八は、自分でも高杉にこんな顔をさせることができるのか、と嬉しくなった。

「…そんな芸当、どこで覚えた。」

高杉は空いている手で徳利を取り、三つの手に包まれているお猪口に酒を注いだ。

「飲め。」

新八の望んだように高杉はしてくれなくて、新八は仕方なくお猪口を受け取る。真っ白なはずのお猪口は、酒が注がれることによって少しだけくすんで見えた。

顔を伏せてお猪口に口をつけ、先刻高杉がしたように、一気に飲み干す。口の中に熱と苦い味が広がる。それはまるで、高杉が自分の口の中に欲を吐き出したようだ。新八はそんな錯覚さえ覚える。

こくりと飲み下して、新八はほう、と一つ息をついた。

「うめぇか。」

「苦いです。」

目の前のこの男も、自分のどうしようもない上司も、何故こんなものを美味しいと言うのか、まだ新八には分からない。苦いだけで、きっと体にだって良くないはずだ、と新八は思う。

高杉が手を伸ばして、新八の手からお猪口を取った。手酌でお猪口に再び酒を注ぐ。今度はそれをすぐには飲まず、新八に視線を向けた。

「新八。」

徳利を置いて、高杉はその手で新八の手を取った。目を伏せて、新八の手を見つめる。自分の骨ばっている手と、新八のすんなりとした手が、あまりにも違いすぎて高杉はまた薄く笑う。

新八は、高杉の手の上に、空いている自分の手を乗せた。

高杉はお猪口の酒を口に含み、新八の手を引く。そのまま、高杉にしなだれかかる新八に口づける。

「…っん…」

新八の顎を持って口を開けさせ、口内に酒を流し込む。新八の小さな口から溢れた酒が、唇の端から溢れ顎を伝い、高杉の手を濡らす。新八が高杉の着流しを握りしめた。

高杉は薄く目を開けながら口づける。新八が口内に残った酒を嚥下したのを喉の動きで確認すると、高杉は唇を離した。

「は…」

「いいツラだ。」

高杉は、となりに敷いてある布団に、新八の体を貼り付けた。

高杉の腕に身を預けて、新八は目をつぶる。今夜もまた、玩具として弄ばれることに悦び、そして落胆する。















獣のように這いつくばって腰を突き上げる新八の中に、高杉は自身を突き刺した。

「あぁッ!」

焦らしもせず、一気に奥まで到達し、新八を揺さぶる。理性はとうに手放した。高杉は新八の腰を両手で支え、その体を蹂躙する。

「はっ…あ、あぅっ、あっ」

新八の背中に覆いかぶさるように、高杉が姿勢を変えた。新八は、もっと深くまで高杉が入るように、高杉を感じられるように、腰をさらに上げる。広げる脚が痛い。太ももの皮膚が痙攣したのが分かった。

シーツを握る新八の手に、高杉の手が重ねられる。

「随分とよがってんじゃねぇか。」

耳元で囁くようにして高杉は言う。見なくても分かる。きっとまた、あの笑みを浮かべている。新八は崩れそうになる意識の中で思った。

新八を辱める高杉の言葉も、今は新八を快楽の底へ貶めていくだけだ。

「そんなにイイか?なァ。新八ィ。俺にも教えちゃくれねぇか。」

新八の中を満たしていたものが、ずるり、と抜かれてなくなった。自分の中の空虚に一抹の淋しさを覚えた。

「あっ…やだぁ…」

知らず誘うように、新八の腰がひくりと揺れる。赤く熟れた蕾は涎を垂らしながら待っている。まだ幼さを残す背中は、女と見紛うほどの色香を放っていた。

高杉はぎりぎりまで引き抜いた自身を、再び新八の中に一気に埋め込んだ。

「ひ、ぅぁあッ!」

その衝撃に耐えるように、新八の背中が猫のようにしなる。握りしめたシーツの皺が、より一層深くなった。

「イイ声で啼くもんだ。」

高杉が自分を犯している。自分の体を欲している。いつもしている行為なのに、今日はより一層、そう感じることができる。

「あ、んっ…ふあっ、」

それはきっと、高杉の顔が見えないからだと、新八はわずかに残った理性の中で思った。

あの、自分を見下ろして薄く笑う顔を、見なくて済んでいるからだ。

「あ、や、あぁ、」

高杉は、新八の手首を握りしめた。指の跡が残るほどに、きつく握りしめる。血流の悪くなった手は、闇の中でその白さを際立たせる。

早くなる腰の動きに、新八の腰も合わせて揺れる。四つ足の獣の交尾のように重なっている体の、接しているところから熱を発していく。

「はぁ、うっ、く、ぅんっ、」

「新八ィ。」

乱れ続ける新八とは対照的に、高杉は至極愉快とでも言いたげにその言葉を口にした。

「おめーは、俺のもんだ。」

その言葉が本当になってくれたら、どんなにか嬉しいだろう。

高杉の熱に揺さぶられながら、朦朧とする頭で新八は望む。
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