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□ばらの花
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何もあんなにむきになることなかったんだ。

自宅について一人食事をしながら、新八は思う。
万事屋で食べるはずだった夕飯はずれにずれこみ、新八は結局八時半を過ぎてようやく夕飯にありつけた。ありつけた、と言ってもまた自分で作ったのだが。

「はぁ…。」

一人で食べる味気ない食事。これを知っているからこそ、新八は銀時や神楽に一人で食事をさせたくないのだ。もちろん、そんなことまで気を使ってくれ、と彼らに頼まれているわけではない。銀時も神楽も、一人で食事をするくらい、どうってことは無いのだろう。
分かっている。これは自分のエゴだ。

物心つく前に母親と死に別れ、父親も亡くなった。それから姉と二人、何とか生きてきた。姉は自分を養うために働いている。必然的に食事は一人で取ることが多くなる。

「…なんか、お腹すいてないのかな…。」

茶碗に半分以上の白米を残して、新八は箸を置いた。
神楽のことは純粋に可愛いと思う。見た目の問題や恋愛感情として、ではもちろん無くて、いまや自分のもうひとつの家族である万事屋の、可愛い妹分として。
妹分のわりには、兄貴分である新八のほうが立場は弱いが。

可愛いからこそ心配なのだ。いくら戦闘種族の夜兎族とはいえ、神楽は女の子だ。
大食らいで生意気で、特に自分には尊大な態度を取りたがる。それは神楽ちゃんが甘えているからかなぁと、新八はぼんやりと思っていた。そうだったらうれしいなぁ、とも。

神楽の生い立ちも新八と似たようなもので、彼女にも母親はいない。父親はいるが、宇宙を飛び回っているので神楽に会えることは滅多に無い。だから新八は、せめて万事屋の中では、神楽に家族の暖かさを知って欲しいと思っている。

だけど今日のケンカで、新八はそれは神楽への押し付けだったのかもしれない、と思った。家族と思っているのは自分だけで、銀時も、神楽も、定春も、誰一人家族なんて思っちゃいないのではないのだろうか。

新八は食器を片付けお盆に載せ、台所へと向かう。
残してしまったおかずは、ラップをかけて冷蔵庫にしまう。

「明日、食べよ…」

つぶやいて新八は冷蔵庫のドアを閉める。

明日、神楽ちゃんに謝ろう。そう思った。





翌日土曜日朝の五時。
新八は起床して顔を洗い、寝巻きから袴に着替える。昨日の残りを朝食にしようと思い、冷蔵庫を開けると昨日のおかずはそこには無かった。ふと洗い場を見れば、きれいに洗われた食器が並べられている。
ああ、姉上が食べたのか。
新八は買いだめしていた豆パンを胃袋に流し込み、支度をして、自宅を出た。


「おはようございまーす。」

新八は万事屋の玄関を開けた。
草履を脱いで揃え、室内に上がる。返事が返ってこないと言うことは二人ともまだ起きていない。

「ほんとぐーたらなんだから…。」

まずは神楽を起こして、昨日のことをきちんと謝ろう。
そう思って居間の引き戸を開けた新八の目に意外な人物が映った。

「神楽ちゃん。」

神楽が、ソファにきちんと座っている。いつもみたいにごろごろしていない。
珍しいこともあるものだ、と新八は目を見開いた。
あ、もしかして、早起きして僕を待っててくれたのかな。
それなら、昨日のケンカでギクシャクしたくないし、ちゃんと謝ろう。

「神楽ちゃん、あの…。」

どこかそわそわと落ち着かない神楽のとなりに立ち、目線を合わせるためにしゃがみこんだ。

「ごめんね。」

次の瞬間、新八は床に転がって天井を見上げていた。何が起きたのか分からなかった。

「かっ、神楽ちゃん!?」

神楽に肩をグーで殴られ、張り倒されたと分かったのは神楽が万事屋を飛び出したあとだった。

「なっ……なんだよあれ…。」

まさか謝って張り倒されるとは思っても見なかった。殴られた肩の痛みがずきん、と新八の体を蝕む。

「…朝っぱらから何してんだよ。」

呆然とする新八の後ろから、眠そうな銀時がふらりと現れた。

「銀さん。」

今日は珍しく一人で起きたらしい。
「おはようございます。」

「…はよ。」

「神楽ちゃんが…」

「神楽?」

「…謝ったら、張り倒されちゃいました。」

肩を押さえ、困ったように笑う新八。

「女の子って、難しいですね。」

「…だからおめーはもてねぇんだよ。」

「銀さんに言われたくないです。」

「俺はストレートになったらもてるっつってんだろーが。」

「ちょっと僕神楽ちゃん探してきます。」

きっと僕に何か言いたかったんだ。さっきの神楽の様子を思い出して、新八はそう確信した。ひざに手を置いて立ち上がり、新八は玄関へ向かおうとする。
あの様子じゃ、追いかけたところで、また張り倒されるのがオチかな。

「ほっとけ。腹減ったら帰ってくるだろーよ。それより新八、飯。」

あくびをしながら心配するそぶりさえ見せず当然のように朝食を要求してくる銀時に、少々、かちんとくる。

「朝食は銀さんと神楽ちゃんの交代でしょ。銀さんは神楽ちゃんが心配じゃないんですか。」

「…でぇーじょーぶだって。夜じゃねぇし、そこらへんで遊んで帰ってくるよ。おめーこそ神楽に過保護すぎじゃあねーの?」

言われてぐっと言葉に詰まる。
自分は神楽に甘く、過保護だ。それは自覚している。

「おめーも思春期真っ只中なんだからよ、神楽にばっかりかまってねーで、たまには羽でも伸ばしてきたらどうよ?」

「…そうですね。ダメな大人が朝ご飯作れなんて言わなきゃ是非そうしたいですね。」
「…。」

気まずそうに銀時は洗面所へ向かった。それを見つめながら、新八は、はぁ、とため息をつき、台所へ向かう。分かっている。自分は神楽だけでなく銀時にも甘い。

台所の二口コンロには、昨日のままの小さな鍋と大きな鍋。近づいて両方のふたを開けると中身は空だった。

神楽ちゃん、食べてくれたんだ。

銀時も人並みには食べるほうだが、昨日の煮物の量は一人では食えまい。すべてなくなっていると言うことは、神楽も食べたのだ。
それだけで、新八の顔には笑みが浮かんだ。

二つの鍋を流し台へ移動させ、小さいほうの鍋をさっと洗う。それに水を入れて、コンロにかけて火をつける。さらにフライパンを取り出してもうひとつのコンロにも火をつける。フライパンを温めている間に、冷蔵庫を開け、中身を確認する。

味噌汁の具は豆腐でいいよな。卵と葱があるから、葱を刻んで入れた卵焼きにしよう。そしたら味付けはしょっぱいほうが合うかなぁ。でも銀さん卵焼き甘くないとやだって言うしなぁ。

「……。」

何もあんなマダオの好みを聞いてやる必要はないよな。うん。
新八は一人うなづいて、卵と葱と醤油を冷蔵庫から取り出した。



「新八君。」

「何ですか銀さん。」

「この卵焼き甘くないんだけど。」

「醤油入れましたから。」

「いや、それは分かるけど、銀さん甘いほうが好きなんだけどなぁ。」

「文句があるなら食べなくていいですよ。」

僕が作る必要のない朝食を作ってあげたんですよ、と新八は姉によく似たその顔で銀時に向けてにっこりと笑う。

「…姉弟だよなぁ。」

心なしか銀時の顔が引きつる。
いつもの食卓なのに、一人足りない。新八は彼女がいつもそこに座るはずの場所にふと目をやった。

台所の洗い場はきれいだった。きっと神楽ちゃんは朝ごはんを食べていない。今頃お腹をすかせてるだろう。

「…まぁーた神楽の心配してやがんな。」

銀時の声で、目線をもどす。

「だって、朝ごはんも食べないまま飛び出してっちゃったし…。」

「駄菓子屋で酢昆布でも買ってるよ。」

「…お金ちゃんと持ってるのかな…。」

「こないだ小遣いやったって。」

新八の心配は尽きない。

「あんま人の心配ばっかしてるとはげるぞ。」

「銀さんや神楽ちゃんが心配かけるようなことばっかするからじゃないですか…。」

うつむいて、台拭きを両手でぎゅっとにぎる。
銀さんと神楽ちゃんは、僕に心配してくれなんて言ってないし、これから先もきっと言わない。

それでも。

二人が、一人で食事をしたり、帰ってくるのが遅くなったり、怪我して帰ってきたり、ふらっとどこかへ行ってしまったり。
そんなとき、新八は、きゅうっと胸の底が痛くなるのだ。

あまり人に頼ったり甘えたりはしない二人。そんな二人の淋しさを、こんな僕だって、少しでも、少なくしてあげられたら、と思う。

心配するくらい、いいじゃないか。

僕たちは家族なんだから。

「…神楽だってたまにはハメ外して遊びたかったんじゃねーの?」

銀時が黙り込んでしまった新八を見かねて、口を開いた。

「昨日、久しぶりだったろ、神楽遊び行ったの。」

確かに今週は珍しく毎日のように依頼が立て込み、遊びに行ける時間は少なかった。まだまだ友達と遊びたい盛り。ついつい時間を忘れてしまっても無理はない。

「そう、ですね…。やっぱり僕言い過ぎちゃったな…。」

朝、神楽は確かに自分を待っていた。何か言いたかったのだ。もしかしたら、と期待した自分もどこかに居た。だけど違ったのかも知れない。もっと文句を言いたかったのかもしれない。

「ま、言い過ぎたところで気にする奴じゃねーだろ。」

ずずーっと味噌汁をすすり、銀時はお椀を空にした。

「昼飯には帰ってくるさ。」




それから新八はいつもどおりに過ごした。布団を干し、食器を洗い、洗濯をし、掃除をし、洗濯物を干した。
それでも、頭を占めるのは、神楽のこと。
ぱたぱたと走り回りながら、ちらちらと玄関を確かめる目線。

いつもなら、家事をこなす新八の周りを神楽がちょろちょろとまとわりついていた。気が向けば手伝ってくれたりもする。だけど今日はそれがない。

周りで邪魔する人間が居ない分、家事はしやすいはずなのに、物足りなさを感じている自分に新八は気づいていた。
結局神楽はお昼も帰ってこなかった。神楽の分の焼きそばは、ラップにかけて取っといてある。
もうすぐ四時だ。

今日夕飯どうしよう。朝とお昼の感じではもう材料はないから買出しに行かなきゃ。
でも…神楽ちゃんが帰ってこない。
新八は手を洗い、割烹着を脱いでソファにおいた。

「銀さん、僕ちょっと出てきますね。」

ソファでジャンプを読んでいる銀時に声をかけ、新八は玄関を開けた。

「…おー。」

銀時の返事は新八に聞こえていない。




大通り。路地裏。駄菓子屋。甘味屋。
神楽の行きそうなところを一通り回って見たが、その影すら見当たらない。もっと遠くへ遊びに行ってしまったのだろうか。

時刻は五時を過ぎた。いい加減帰って夕飯の支度をしないと、あのぐうたらな大人はお菓子をご飯代わりにするに違いない。
しょうがない。
それに、もう帰ってきているかもしれないし。なぜかそんな気はしないが、新八は無理に自分を納得させて、その足を万事屋に向けた。そして万事屋に一番近い公園に通りかかったとき。

…そういや公園見てなかったっけ…。

公園に足を踏み入れ、目を奥へ向けた。

そこに探し人が居た。

「神楽ちゃん!!」
足が自然と走り出していた。

「神楽ちゃーん!」

神楽はブランコにすわり、酢昆布をくわえていた。気のせいか少しやつれて見えた。
公園入り口からブランコまで、距離は無いはずなのに、新八は全力疾走した。

「もぉーどこに行ってたの!?もうすぐ夜になっちゃうよ。家に帰ってご飯食べよう。」

ひざに手をついて、息を整えながら新八はかすれた声を出した。
ブランコに座る神楽と視線を合わせようと、腰を下ろす。新八の目が神楽の顔を捉えた。
神楽の顔には、いつもの、新八の大好きな笑顔が無い。

ああ、笑ってて欲しいのにな。

「新八…。」

神楽らしからぬ、情けない声。

きっと不安だったろうな。ご飯も食べずに、家にも帰れなくて。

「昨日はごめんね。僕言い過ぎたよ。」

申し訳ない気持ちと、笑ってほしいと言う気持ちがないまぜになって、新八の右手は自然と、神楽の頭を撫でていた。
こんなことしたら、「新八のくせニ!」なんて言われちゃうかな。言われてもいいや。
想像した新八の反応とは裏腹に、神楽の眉尻が徐々に下がり、青い目には涙がたまっていく。

「ごめんなさぁぁいいいぃぃぃ」

目から涙を、鼻から鼻水を一斉にあふれさせ、神楽が新八にしがみついてきた。
全くの予想外の反応に、新八はしばし言葉を失った。

「やっ約束破って、ごめん、なさいっ」

すごく、可愛いな。
可愛い可愛い、僕の妹分。

新八は両手を神楽の背中に回し、やさしく背中をさすってやった。

「うん。」

「じっ、じんばい、がげでぇっ、ご、ごべんなざいぃぃぃ〜」

「…うん。分かったよ。僕も、ごめんね。」

着物が神楽の涙と鼻水で濡れていく感覚がしたが、気にしなかった。自分の胸で泣きじゃくるこの子供を、新八は純粋に愛しいと思った。




泣き疲れた上に、お腹がすいて動けないと言う神楽のために、万事屋への帰り道すがら新八は神楽をおぶった。
その白く幼い少女の手は、自分の着物をしっかりと握り締めている。それだけで新八はうれしくなった。

新八は立ち止まり、首を曲げて神楽の寝顔を見た。

「おかえり、神楽ちゃん。」

君よりずっと弱いけど、ダメガネなんて言われちゃうけど。
君が大好きで大切だから。

君を護るよ。




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2010.5.28 月見 梅

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