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□水のない水槽
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高杉と逢瀬を重ねた小さな部屋は、まるで水のない水槽のようだ。その中で魚は生きていくことはできない。

新八は銀時に憧れていた。銀時のようになりたいと思っていた。
それを恋と勘違いした。

高杉と会って、口づけをして、体を重ねて、痛みを知った。

万事屋に珍しく依頼があったのは確か今と同じ冬だった気がする。トラブルメーカーの社長のせいで、あらぬ疑いをかけられ追われる羽目になった。走り回っているうちに三人散り散りになり、新八はこのあばら家へ逃げ込んだ。

「…追われてんのか」

誰もいない廃屋だと思ったあばら家には、不気味な男が煙管をくわえ一人。どこかで見たような気もしたが、追っ手の声が聞こえて頭がパニックになりそれどころではなくなった。

「…入れ」

身をかがめ固まっている新八に、男は縁側から声をかけ、中へと消えた。新八は後を追ってその家に入って身を隠した。

「ありがとうございました。匿っていただいて」

新八は丁寧にお礼を言い、頭を下げた。見た目は不気味だし、この家も人が住めるような快適さはないように思えた。

「あ、あの、ここに住んでるんですか?」

「……あぁ、まぁ、そんなもんだ」

「あの、よかったら、お礼に僕何でもします。掃除でも、食事でも」

「そうかい。じゃあ」

男は言って、新八を引き倒した。

「床の相手でも、してもらうか」

新八を射抜く暗い瞳。

「高杉っ…晋助…!」

気付いたときにはもう遅く、新八の体に自由はなかった。

手を縛られ脚を開かれ、新八は高杉に犯され続けた。いやだやめてと悲鳴を上げ続けた。望まない快楽と痛みを与え続けられた。そして新八は、いつも自分を助けに来てくれるはずの男の名を呼んだ。

「銀時に惚れてんのか」

もはや抵抗する体力も気力もなくなった新八を揺さぶりながら、高杉は新八に聞いた。

「面白ぇな」

床に横たわる新八を、獲物として認識した目で高杉は言った。そして新八を絶望させる言葉を吐いた。

「おめーがこうやって俺に抱かれるなら、あいつらには手を出さねぇ」

あいつら、が誰のことを指すのか、新八にわからないはずはない。突っぱねることもできたはずだった。銀さんが、こんな奴に負けるはずがない。

だけど…。

「簡単な話だ。裸になって脚開いてりゃいい」

鬼兵隊を率いる高杉には、戦力はいくらでもある。いくら銀さんでも、絶対に死なないなんて言い切れる?

迷う新八に、高杉は甘美な言葉を囁いた。

「銀時の代わりに、抱いてやるよ」

銀時に抱かれる。思ってもみない快楽だ。それと同時に新八は高杉に自分の気持ちを知られたことで、銀時に知られてしまうことを恐れた。

「銀さんには……言わないで…ください…」

僕は、銀さんと神楽ちゃんを守る振りして、結局自分が一番大切なだけだったんだ。

「言わねぇよ」

高杉は愉快そうに口を歪めて笑った。









朝起きて万事屋へ行って、ぐーたらな連中の世話をして、夕飯を食べて、万事屋を出る。その後にこのあばら家へ寄り、高杉に抱かれるのが新八の新たな日課となった。

どうせ犯されるなら、銀時でも想像してろ。

高杉がそう言ったから新八は、高杉を銀時に見立てて、腰を振った。抱かれるたびに体は快楽を覚えて行った。と同時に何かが違うと新八は感じた。

銀時ではなく、目の前の、自分を犯し続ける男に、欲情している。

うそだ。そんな。どうして。

本当なら憎むべき相手のはずだ。だって、銀さんを斬ろうと、殺そうとしている人だ。
拒否する頭とはバラバラに、体はどんどん溺れていった。触れられるだけで勃ち上がる自身。だらしなく上がる嬌声。自分を慰める想像の中では、新八を犯すのは銀時ではなく高杉になった。

それでも新八はかたくなに認めようとはしなかった。自分がこの気持ちを認めてしまえば、銀時や神楽を裏切ることになる。

そこで新八は考え方を変えてみることにした。

僕は男なのに、男に抱かれて感じるなんて、きっと淫乱なんだ。高杉さん以外の男の人に抱かれたって、同じように感じるんだ。

だからって、ほかの人に抱かれたいとは思わないけど。







高杉の態度が変わってきたと感じたのは、同じころだった。最初の頃こそ、行為が終われば、まるでそれだけが理由のように(実際そうなのだが)、横たわる新八を置いてふらりとどこかへ行ってしまうこともあった。

だけどある夜、眠る新八の頭に誰かが触る感触があった。覚醒しかけた意識で、新八は考える。ここには自分と高杉しかいない。触っているのは高杉さんだ。

その指は、新八の知る高杉とはまるで違った。

優しくおだやかで、まるで泣いている子供を宥めるような、慈しむような指で新八に触れていた。

この人は本当に高杉さんなのかな。すごく気持ちいい。

このときから高杉は、時折優しい仕草や口づけを新八に与えた。その度に新八は分からなくなった。混乱した。

アンタと僕はこんな関係じゃないだろう?

だから新八は、行為のときはより一層淫らに声を上げ、脚を絡め、腰を振った。

見てよ、こんな僕を。アンタに散々弄ばれて、こんなになってしまった僕を。男に抱かれて悦ぶ僕は、優しくなんてされたくないんだ。

それでも緩い頭は高杉の優しい仕草を都合よく解釈しようとする。









高杉と最後に会ったのは、七月の初めだった。

銀時の匂いをつけて高杉の下に来た新八を、高杉はその手を拘束して抱いた。初めて犯されたときのように、何度もその精を新八の中に放った。新八はそれを嬉しい、と心の底から思った。今思えば、あの時の高杉はどこかおかしかった。行為の後、甘えるように新八に寄り添い、新八の膝の上で寝息を立てた。

高杉が目を覚ました後も体を重ね、裸で抱き合ったまま眠った。新八が目を覚ますと、もう高杉はいなかった。

それからいくらここへ通っても、高杉は現れなかった。

筋違いだと思った。だって僕らは契約の上で体の関係を持った。好きとか、愛してるとか、そんな感情はなかったはずだ。

なのにどうして、こんなに苦しいの。

銀さんに憧れた。銀さんといると楽しいし、うれしかった。心が軽くなった。銀さんに恋をしていると思った。

高杉さんといると辛かった。体をつなげるだけの関係がいつか切なくなった。心が締め付けられた。それでも一緒にいたいと思った。

新八は高杉がいなくなって初めて本当の恋を知った。だけど何もできなかった。
















目を覚ますと、空は灰色で、しとしとと雨が降っていた。昨夜は結局、家に帰る気にはなれず、この小さな部屋で一人朝を迎えた。壁
にかかる時計を見やると、時刻はとうに十時を過ぎていた。

完全に仕事遅刻だなぁ。

ここまで遅くなると最早急ぐ気にもなれない。無造作に敷いた布団にもう一度もぐりこむ。さすがにもう半年も経てば、高杉の匂いはしなくなっている。

雨粒が窓に当たる音が聞こえる。冬の雨は夏のそれほど乱暴ではなくて、余計に淋しさを煽る。

目が腫れているのが分かった。きっとひどい顔をしているに違いない。泣いた事はすぐに銀時にはわかってしまうだろう。今日はもう仕事には行けない。

今日ぐらい、思い出に浸らせて欲しい。アンタは馬鹿馬鹿しい、なんて言うだろうけど。
名残すらない部屋で新八は、ぎゅうと自分の体を抱きしめる。

主のいないからっぽの部屋を、一人で満たそうとするように。








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2010.06.05 月見 梅

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