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□銀河と迷路
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「そうそう!高杉先生!」

夜の学生食堂はお昼とは真逆だ。多くの学生たちのために用意されたテーブルのほとんどが空いている。新八は坂田と早めの夕食を取っていた。今日のバイトは七時からだから、まだ少し時間がある。本当は節約のためいったんアパートに帰って自炊したかったが、学食をおごる、という条件で坂田に付き合っている。

新八はA定食の唐揚げを頬張っている坂田に、件の准教授のことを語って聞かせる。その口は食事ではなくしゃべることばかりに忙しい。

「凄かったんですよー。もう僕感動しちゃって。あんな人いるんですね。ホント尊敬しちゃうな」

新八の顔は、三日前会ったときとは違って生き生きとしているのに対して、坂田は相槌さえ打たずに黙々とおかずを口に運んでいる。

「絶対、僕、指導教員に高杉先生希望します。どこの研究室か知ってます?」

「知らねーけど、やめとけ」

坂田が箸を置いて、ようやくその口を開いた。坂田の言葉は意外だった。新八は怪訝に眉を寄せる。

「なんでですか。坂田さんもできる人だって言ってたじゃないですか」

「確かにできる奴だけどな。あいつは人間的にどーかと思うね、俺は」

「それを坂田さんが言いますか。あんたの方が人間的にどうかと思いますよ」

「馬鹿言え。俺ほど愛に満ち溢れた人間はそうそういねーぞ」

「愛のある人が三股もかけますかね」

「かける。だってみんなを愛してるから」

「博愛主義ですか。それが女性に通用するとは思えませんけど」

「とにかく!」

坂田が殊更大きな声を出した。人気のない食堂にいる数少ない学生が、坂田の声に振り向いた。

「俺は反対だからな。あんなヤローのところに嫁がせたりしねーぞ」

「…僕はあんたの娘ですか」

「だから大人しく俺んとこ来りゃいいの。面倒見てやるっつってんじゃん」

坂田は再び箸を持って動かし出した。見るからに機嫌は悪そうだ。

「あいつはお前が思うほどご立派な人間じゃねーよ」

新八は何かひっかかるものを感じた。箸を置いて、坂田を見つめる。

「僕は何と言われようと高杉先生のところにしますよ。そもそも僕がどこの研究室希望しようが、坂田さんに関係ないでしょう」

基本的に、新八は坂田の言うことに意見したりしない。それは坂田の意見に納得する、というよりは、意見しても無駄なことが多いからだ。だけど今回はそうはいかなかった。

「あーお前そういうこと言っちゃうわけね。カッチーン来たぞコルァ。誰のおかげで単位取れたと思ってんだ」

新八の珍しく反抗的な物言いに、坂田の機嫌はますます悪くなっていく。新八は、何故坂田がそこまで反対するのか分からない。ただ単に高杉が嫌いなのか、それともそんなに僕をパシリにしたいのかな、とも思った。

「…なんでそんな高杉先生のこと悪く言うんですか。なんかあるんですか」

「だから人間的にどーかと思うって言ってるだろ」

新八には、その言葉だけが理由じゃないことくらいしか分からなかった。自分にはああしろこうしろというくせに、その真意は決して見えない。それなりに付き合いは長くなってきたものの、新八はいまだ坂田という男を量りかねている。

新八は腕時計を見た。そろそろ出なければバイトに遅れてしまう。

「じゃあ僕、バイトあるんで」

「あ、おい新八」

お盆の上の食器を重ねて新八は立ち上がる。わからない男をわざわざ理解しようとするのも面倒くさい。坂田を理解できなくても支障はない。

「ごちそうさまでした」

新八は、律儀にお礼を言ってその場を後にした。




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