for you, to me, and plans
□うちうのほうそく
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俺と新八の間には、決めたわけじゃねーんだけど、ルールがある。
例えば新八が起こすまで俺は起きない。俺の朝は新八の声で始まる。あの声を聞かないとどうにも目覚めが悪い。だから新八が来る前に目が覚めちまっても俺は布団から出ない。珍しく早起きした神楽がどんなにタックルをかましてこようとも絶対に出ない。痛ぇけど。
それからニケツだ。俺はよっぽどのことが無い限り新八以外を後ろに乗せたりしねぇし、新八も俺以外の奴の後ろに乗ったりしねぇ。
あとなんだっけかな。すげー大事なのがあった気がするんだけど。
そうそう。俺が呼んだら、新八は何があっても、何やってても絶対俺のそばにくるってこと。
「銀さん、もういい加減起きてくださいよ。」
布団にもぐったまま起きようとしない俺の体を、新八の手が布団の上からゆする。いつもの光景だ。本当はもう目は覚めてんだけど、なんか布団から出たくねぇ。なんでかわかんねーけど。
「あと二十四時間。」
「ってそれ丸一日じゃねーかァァァ!!!」
そうそう。これこれ。キレのあるツッコミを聞かねぇと始まらねーのよ。
新八は俺が離さない布団を無理やりに剥がしやがった。寒い。
「…んだよ。何すんだよ、このダメガネ。」
恨みがましい、って目で見てやると新八も負けじと俺をにらみつける。生意気だな、新八のくせに。
「あんたがいつまでたっても起きないからでしょーが。」
「いーのいーの。どーせ仕事なんかこねーんだから。それなら時間を有効に使おうじゃねーか。さ、寝るか。」
「どの辺が有効なんですかむしろ無駄ですよあんたの存在自体が無駄ですよ。」
「無駄無駄ってなぁ、人生に無駄なことなんかねーんだよ。俺がこうやって寝てんのも次の仕事に備えて英気を養ってんの。」
「そんなの養ったって仕事来ないんだったら意味ないでしょ。ほら、布団干したいんですから!」
新八は力ずくで俺から布団を奪う。それでようやく俺は起きる気になる。俺を無理やり起こす新八にはムカつくんだけど、なんか顔見たら、まぁいいかって思っちまう。これはあれだ、まぁ新八だからいいかってことだよ。新八だからな。ダメガネだから。銀さん大人だからダメガネの小言ぐらいで怒ったりしないのよ。
欠伸しながら立ちあがった俺の背中を押して、新八は早速居間へと追いやる。
「どーせ動かないんだからあっちいっててくださいよ。」
「おいおい。この家の主人は一応俺なんだがね、新八君。」
「主人なら主人らしく、家賃払っといてくださいね。お登勢さんから催促されてんですから。」
なんか、最近すっかりこいつ『かーちゃん』が板についたよなぁ。まぁ、別にいいけど。悪い気はしねぇ。
「新八ィー、早くしろー。」
俺はバイクに跨って、新八が降りてくるのを待つ。買い物に付き合ってくれって頼んできたのは新八なのに俺を待たせるとはいい度胸だ。
「すいませんっ、今、行きます。」
階段の一番上から新八の声が聞こえた。見上げると、太陽の逆光の所為で顔が良く見えない。でも笑ってんだろう。新八だから。
新八が階段から駆け降りてくる。あーあ、危なっかしいったらありゃしねぇ。ほら、そこ気を付けないと踏み外すぞ。
「すいません、お待たせしました。」
よいしょ、と新八は当たり前に俺の後ろに跨る。俺は新八にメットを渡した。
「ほれ。」
「ありがとうございます。」
新八がちゃんとメットを被ったのを確認して、俺はエンジンをスタートさせた。ブォン、ってエンジンがうなる。うん、今日も快調だな。こないだ源外の爺に直してもらったばっかだもんな。
「しっかり捕まっとけ。」
「はーい。」
新八の両腕が俺の腰に回って、俺のへそあたりでがっちりと組まれる。そのせいで体がやたらと密着してる感じがする。あれ?いつもこんなんだっけ?こいつこんながっちり掴んでたっけ?
「…おい。」
「はい?なんですか?」
「これがっちり掴みすぎじゃねーの。何お前、どんだけ俺と密着したいの。」
「はぁ?何言ってんですか、いつもこんな感じでしょ。ちゃんと掴んでないと振り落とすぞって銀さん言うからじゃないですか。」
新八はそんなこと気にも留めずに、早く行きましょうよ、と俺を急かす。そうだっけ?あれ?なんでこんなことで俺意識してんの?てゆーかなんか心臓バクバクしてんだけど。やべぇな、高血圧かな。こないだも医者に甘いもの控えろって言われたのにパフェ三つ食ったからかな。
俺はもんもんとしながらも、仕方なくアクセルを回してバイクを発進させた。あれだな、やっぱパフェ控えなきゃ駄目かな。新八もうるせーしな。
「たでぇまー。」
いくら飲んでも酔えねぇもんだから、今日は早めに切り上げてきた。長谷川さんに誘われたから飲みに行ったのはいいけど、あのマダオ酔うと絡みやがるからいけねーな。おかげでこっちはちっとも酔えやしねぇ。
居間からは灯りが漏れてる。この時間だったらまだ新八は起きてんだろう。
「新八ぃー。水くれー。」
俺は玄関のあがりかまちに腰をかけてブーツを脱ぐ。すぐに新八の足音が聞こえてくるはずだ。
「参っちまったよ、長谷川さん潰れるしよー。」
ボスン、と音を立ててブーツが落ちた。新八の足音はまだ聞こえない。それどころか、いつもの、「おかえりなさい」も聞こえてこない。
「…新八?」
しんとした空間に俺の声だけがやたらと響く。返事も帰って来ない。途端に不安が襲ってくる。俺はもう片方のブーツを脱いで放って、あわてて居間に向かう。新八の声が聞こえないことがこんなにも不安になる。
だっていつも、応えてくれるから。呼んだら俺のそばに来てくれるから。
俺とお前のルールだろ?
「新八っ!」
俺は勢いよく居間の襖を開けた。すると、規則的な寝息が聞こえてきた。
ソファーに目をやると、新八が座ったままの姿勢で気持ちよさそうにうたた寝していた。
途端に力が抜ける。へなへなと俺はその場にへたり込んだ。
「…っだよ、びびらすんじゃねーよコノヤロー。」
そんな俺の不安を知らないままに、新八はくぅくぅと実に健やかな寝息を立て続けている。腹立つな、新八のくせに。こんなに不安にさせやがって。
新八の横に立って、その寝顔をまじまじと見た。眼鏡が少し下にずれちまってる。このまま寝かしとくのもなんだし、俺は新八を起こすことにした。
「新八。おい、起きろ。」
肩を少しゆすると、不安定な上半身はパタリとソファーの上に倒れてしまった。そのはずみで眼鏡がカシャンと外れた。おいおい、お前の唯一のアイデンティティーなんだからちゃんと大事にしろよ。
「新八くーん。起きないのー?」
眼鏡を拾ってやって、その隣にしゃがみこむ。唇が少し開いてアヒル口になってやがんの。ねーちゃんそっくり。こいつよくみりゃ女顔だよなぁ。
そんなことを思いながら額に「肉」とでも書いてやろうか、と立ち上がった。そのとき、新八の口が少しだけ動いた。
「……ん、さ…」
なんだ寝言か?こういうところはまだまだ子供だな。普段はおかんのくせにな。
「…銀…さん…」
唇が、ゆっくり動いた。
新八の口から出た言葉に、俺は不覚にも固まってしまった。何、こいつ俺の夢でも見てんの?なんだこれは、意外と恥ずかしいぞ。でも、ちょっと嬉しい。ちょっとだけ。
もう言わねーかな。もう一回、言わねーかな。
俺は、自分の顔を新八に近づけて、言葉を待った。
「……銀さん…」
新八の顔が本当に嬉しそうに笑顔になった。そしたらなんか心臓らへんがキュンとなった。
かわいいな。
………え?
オイオイオイオイちょっと待てよ、俺、今何思った?新八相手に何考えた?かわいい?かわいいって思った?かわいいって何?ホワッツ?いやいやいやいやよく見ろ坂田銀時!!こいつは新八だぞツッコミだけが取り柄のダメガネだぞ!糖分制限しやがってむかつくならまだしもかわいいなんて思う相手じゃないぞ!!
そうだ俺はきっと酔ってるんだ、なんだかんだ言って飲んだしな。なんか強ぇ酒飲んだ気もするし。じゃなけりゃ新八をかわいいなんて思うはずねぇ!!俺はおっぱいボインのねーちゃんが好きなんだ、断じてこんなヤローのガキなんかをかわいいなんて思ってねぇ!!ないから、絶対ないから!!銀さんそんな趣味ないからね!!
よしよし冷静になってきたぞ。これはあれだ、最近ちょっとご無沙汰なもんだからなんか血迷っちゃっただけだっつーの。銀さんも大人な男だしね、たまにはそういうことも必要っていうか?
俺はふらふらと新八から離れて自分のデスクの下に隠してあるエロ本を取り出して開いた。パツキンのねーちゃんが脚おっぴろげて誘うようなポーズしてる。そうそう、これだよこれ。これが足りないから新八なんかをかわいいなんて思うんだ。よし落ち着いた。
エロ本を開いて落ち着くっつーのもなんだか変な感じだけど、俺はとりあえず自分の椅子に座って安心した。そうだ、新八がかわいいなんてあるわけない。
新八が、かわいい、なんて。
「銀さん…」
かすかに消えそうな声が、また聞こえた。俺の心臓は止まりそうになった。
目をやれば、新八はまだ夢の中だ。
顔が熱くなる。エロ本なんか、もう役に立たない。
ああ、そうさ。分かってる。朝、新八が起こしに来なきゃ起きたくないのも、新八以外を後ろに乗せたくないのも、俺が呼んだときに新八の返事がないと不安になるのも。
それはすべて、俺がお前に恋してるから。
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柴田/淳:うちうのほうそく
2010.09.09 月見 梅
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