for you, to me, and plans
□開花
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未来で待ってる。
あなたにまた逢えるのを、僕は待ってるから。
目覚めて、視界に飛び込んできたのは見慣れない白い天井。さっき見た空は青かったはずだ。
「新八君!?わかる、新八君!?」
視線を少しずらせば、年配の男性の顔があった。知らない人間だった。白衣を着ている。医師のような出で立ちだ。
「…は、はい…」
「すぐに坂田さん呼んできて!」
医師らしき男は、近くに立っていたこれまた白衣の女性(こちらは看護師らしい)に声をかけた。女性は弾かれたように部屋を飛び出して行った。
「ちょっとじっとしててね。すぐ終わるから。」
男は、新八の体を起こし、聴診器を耳にかけ、新八の胸元に当てる。気付けば上半身は裸だった。ひんやりとした金属の感触。ここは病院なのだろうか。どうして自分はこんなところにいるのか、新八はわからなかった。
「あの…ここは…」
「あ、ああ、そうか、まだ状況が理解できていないんだね。ここは病院だよ。君は三日前にここに運び込まれて、ずっと眠ったままだったんだ。…うん、もう大丈夫だね。」
医師は安心したように聴診器を外し、首にかけた。
「三日も…」
記憶を辿る。自分は斬られたはずだ。血が傷口から流れ出る感覚ははっきりと覚えている。徐々に、ゆっくりと、死に向かうあの感覚。
新八は斬られたはずの自分の胸を見る。そこには傷の一つもなかった。
「新八っ!!」
大きな音を立てて開かれる扉は壊れてしまいそうなほどだ。新八は声のするほうに目を向けた。そこに立っていたのは、やはり銀時だ。
新八が良く見慣れた、ずっと共に過ごしてきた、愛しい恋人の。
「銀さん…」
白い着流しに黒いライダースーツ。紛れも無く、新八の知る銀時だった。
そうか。僕は、元の時代に戻れたんだ。
ずかずかと歩み寄り、医師を押しのけ、銀時は新八の体を抱きしめる。戻ってきた、という感慨に耽るヒマも与えてくれない。大きな背中はいつもより少しだけ、小さく感じた。
「坂田さんっ!まだ安静に…」
銀時を制しようとする医師に、新八は「大丈夫です。」と目配せした。医師は、しょうがない、とでも言うように肩をすくめて病室から出て行った。
どうやらこちらの世界でも生死を彷徨っていたらしい。とんだタイムスリップだったな、と新八は銀時の背中を撫でながら思った。
「どうしたんですか?銀さん。心配してくれたんですか?」
「…新八のくせに俺に心配かけようなんざ十年早え。」
不謹慎だとはわかっていたが、嬉しくて、くすくす、と笑って、新八は銀時の髪を弄ぶ。昔から変わらない髪質だったんだなぁ、と微笑ましく思った。
銀時が体を離して、新八の顔を見る。目の下には酷い隈が出来ていた。心なしか少し充血している。相当な心配をかけてしまった。新八は、銀時の顔を両手で包み込むようにした。
「ごめんなさい。」
「…こんなこと二度とゴメンだぞ。俺を未亡人にする気か。」
「銀さん、僕の奥さんだったんですか。」
「お前が死んだら、」
新八の冗談にも取り合わない、いつになく真面目な顔だった。
「お前が死んだら、俺は悲しい。」
しっかりと、新八を見据えて、銀時は言葉を口にする。
「お前が死んだら、俺は泣く。」
本音を決して見せない男の、それは本音なのだと、新八はわかった。銀時の想いを初めて聞いた気がした。そんな言葉を、自分も誰かに言った覚えがある。ただ、生きていてほしい。そう願って口にした。そして自分も銀時にそう、想われている。
「だから、」
銀時が次の言葉を紡ぐ前に、新八は銀時に口づけた。こうするのが、自分の想いが伝わると思った。合わせた唇は温かい。
「…なんなのその不意打ち。」
珍しく銀時が顔を赤くして顔を背けた。いつもはお構いなしに新八にまとわりついてはキスを強請る男とは思えない。
「何って、キスです。」
「わかってるよ、そんなの。新八のくせに不意打ちチューとか銀さんちょっとときめいちゃったじゃん。」
銀時が、新八の頬に手を添える。銀時の顔が近付いてくる。新八は目をつぶった。
その時。
「イチャイチャタイムはそこまでネ!このバカップルがァァァ!!」
銀時が入ってきた時以上の大きな音を立てて、神楽が部屋へ乗り込んできた。
「神楽ちゃん!?」
「げ、神楽。」
「どういうことアルかぱっつぁん!!目を覚ましたって聞いてすっ飛んできたのにさっそく銀ちゃんなんかとベタベタして!!私のこの心配を酢コンブ一年分にして返すヨロシ!!」
神楽の言葉に新八は思わず吹き出してしまった。
「な、なんで笑うアルかァァァ!」
「おめーが馬鹿だからだよ。」
帰ってきた日常。窓の外はすっきりと晴れ渡っている。もうすぐ寒い冬は終わる。春はすぐそこまで来ている。あの男はまだ、こんな空の下で、刀を振るっては何かを護っているんだろう。
あの男にさよならさえ言えなかった。それだけが、心残りだ。
新八はまた、一人あの大きな木の下に立っていた。時刻はあの時と同じ夕暮れ。その木の枝葉はまるで空を覆うように広がっていて、新八の立っている位置からは空は見えない。ただ、枝葉の間からこぼれるオレンジ色の光が視界の中で揺らめいているだけだ。光がまぶしくて目を細めた。
もう何年もここに立っている木は、あの時と変わらず静かに新八を見下ろしている。例えば木に精神が宿るのだとしたら、それはとても穏やかで、かつ強く、決して揺るがないものなのだろうと思う。
あの時、この木の下で眠った。目が覚めればそこは知らぬ時代だった。それは、この木の意思だったのかもしれない。この木が、一人戦う男の下へと新八を送り届けたのかも知れない。馬鹿な考えだとは思うが、新八は、あながち間違っていないんじゃないか、と、一人物思いに耽る。乾いた樹肌に手を当てればささくれだった木の皮が指を刺した。一瞬の痛み。
あの時代の、自分のよく知っているはずの男は、新八の知らない男だった。牙を仕舞うことを忘れた一匹の獣。そんな風に見えた。何度も裏切られ、傷つき、誰にも頼らず一人で生きていた。
もしかしたらこの木はそんな男を見かねて、自分をあの時代へと飛ばしたのだろうか。誰か彼を救ってやってくれと、動けず口も利けない自分の代わりに、あの男を抱きしめてくれと。孤独に慣れさせないでくれ、と。
まさか、おとぎ話じゃあるまいし。
自嘲のように笑って、新八は下を向く。木の根元には小さな薄紫色の花が咲いている。道端でよく見る花だが名は知らない。ただ、この木の下に小さな命が宿っていることを、純粋に嬉しく思った。
「新八ぃー、何やってんだー。置いてくぞー。」
「そーアルー!!ぱっつぁんの分のアイスも全部食べてやるねー!!」
夕日を背にして、銀と赤が手を振っている。アイスクリームは一人ひとつまで!と言い聞かせたのにも関わらず、結局一人二つということで押し切られてしまった。もう少し手厳しく、とは思っているが、二人の幸せそうな顔を見ると、まあ、いいか、と絆されてしまうのだ。自分もまだまだあの二人には甘い。
新八はひとつ息をついて歩き出した。
「もぉー、アイスは一人ひとつまでって言ったでしょー!」
二人のほうへと足を踏み出す。風向きが変わった。新八は振り向き、木を見た。風邪に吹かれて揺れる葉が手を振っているように見えた。
さよなら。僕は行くよ。
口には出さずにつぶやいた。届くことはない言葉。すぐ近くにいるのに、とても遠くにいる愛しい人へ。だけど悲しくはない。
また出逢うそのときまでの、さよならだから。
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サカ/ナクション:開花
2011.02.09 月見 梅
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