for you, to me, and plans

□相愛性理論
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坂田銀時、三十路間近。
職業、万事屋。
未婚、だけど娘(みたいなの)あり。恋人はなし。


絶賛、望み薄な片思い中。




























九月に入ってから、台風ばっかりで一日も晴れやしねェ。それでなくともこのガラス細工みたいな繊細な心が沈みがちな昨今、天気ぐらいはどうにかしてほしい。人生とはかくも上手くは行かないものだ、って、どっかの文豪ぶってつぶやいてみようとしたけど柄じゃねぇからやめた。

俺の寝てる向かいのソファーには、見慣れ過ぎたメガネ少年がうっすい茶ァ、年寄りみてーにすすってる。

「今年は台風多いですね」

「あー」

顔に乗せたジャンプをちょっとだけずらして、新八のほうを見た。新八は、顔を上げて窓の外見てた。台風のせいで雨風がひどくて、窓ガラスがガタガタ揺れてた。

「はやく行ってくれるといいんだけど」

ぽつりと漏れた本音。なんで?なんで早く台風行ってほしいの?その一言が聞けない。新八のそんな横顔は見たくなくて視線を外す。

誰かに会いに行きたいからじゃないの?

湯呑みをおいて、新八がそこから立ちあがる。もう夕飯の支度でもするんだろう。

「さてと…、今日の夕飯は何にしますか?銀さん」

「オマールエビとムール貝の地中海風ソテー、イタリアンレモンソースと岩塩添え」

さっきのワイドショーの最後にやってた料理コーナーで作ってたやつだ。こんな高級感ある料理が三分でできるなんて司会のババアはほざいてた。

「なんですか、それ。そんなの僕が作れるわけないでしょ」

呆れた顔して新八は笑う。知ってるよ。どれだけ一緒にいると思ってんだ。お前の料理の腕も、何が得意なのかも、みんな知ってるよ。

「それにそんな高そうな食材買うお金もないし、手間も時間もかかるでしょ」

だから言ったんだよ。それだけ手間がかかれば俺はお前の気持ちを存分に勘違いできるし、時間がかかればお前は少しでも長くここにいるだろ。

…ああもう、いちいちのぞく本音がうるさくてかなわねぇ。

「…なんでもいい。お前に任せる」

俺は体を起して立ちあがった。新八を引きとめておきたいくせに、こうやって二人になるのが嫌で最近はいつもこうだ。

「またどっか行くんですか?いい加減に…」

「うるせぇなぁ。おめーは俺のかーちゃんか。…飲みに行ってくる」

新八が眉間にしわを寄せる。わかってる。こいつは俺が夜出歩くのをよしとしてない。

「…夜神楽ちゃん一人になっちゃうから、なるべく早く帰ってきてくださいよ」

だけど、最近は文句もすべて飲み込んじまう。

「あいつが一人で怖がるタマかよ。お前もメシ作ったら今日は帰っていいぞ。どーせ仕事なんて来やしねーだろーし」

だけど俺はわかってる。新八が、神楽を一人おいて帰らないってことくらい。俺がどんなに遅くても、待っていてくれるってことくらい。

そうしたらお前は、誰のところにも行けないだろ?

わかってて、俺は今日も出かける。こんなズルい手口、知ったらお前は俺を嫌うかな。

ごめんな、新八。でも銀さん、こーでもしてお前をそばに置いとかないと、どうにかなっちまうんだよ。それくらいに好きなんだ。

だけどお前は、俺じゃない誰かを見てる。
















新八に好きなやつがいることは、すぐに分かった。馬鹿正直でクソ真面目なダメガネだ。俺じゃなくてもわかっただろう。

夕飯のおかずが一品多くなった。洗濯物を畳むとき、俺の着流しや神楽の服を撫でる手が優しくなった。俺や神楽の小言にも「しょうがないですね」なんて余裕を見せるようになった。笑ってることが多くなった。

そのくせ、窓の向こうのどこか遠くを見つめる表情は切なかった。

好きなやつがいるのなら、喜んで応援してやろう。無理にでもそう思おうとしたけど、俺はそんなに出来た人間じゃない。

この気持ちを持てあまして、新八と向き合えなくなった。背中に新八の視線を感じてたけど、この汚い感情を隠しながら俺はずっと、新八から逃げ続けている。

怖くて。お前から、お前のその口から、他の誰かを好きだなんて聞くのが、怖くて。

そうしたら、今のこの関係さえも失ってしまいそうで。

俺と新八の間にある一本のラインは、遠く俺たちを隔てたままだ。臆病で意気地無しの俺は、ラインを越えられずに同じ場所で情けなく踏みとどまっている。


















家を出たはいいが、台風の雨風のせいで傘は役に立たなかった。店についたときには傘は骨だけになり、すっかり濡れネズミになっちまった。何か拭くものはねぇかと懐を探ると、新八に持たされた手ぬぐいが出てきた。店の玄関で、俺はそれをしばらくぼけっと見つめてた。

「銀さん、こっちこっち」

呼びかけられて顔を上げると、入り口すぐにあるカウンターに見慣れたグラサンのオッサンがいた。

俺は手ぬぐいでぐしゃぐしゃと顔と頭を拭くと、それを丸めて懐に入れた。洗濯したばっかなんだろう、手ぬぐいからは石鹸の匂いがした。新八がいなくても、新八はこんなにも俺の中にいるんだと思い知った。

「わりーな長谷川サン」

いつもは擦りきれた服しか着てない長谷川さんが、珍しく決まったスーツを着てる。なんでも新しい仕事が決まったらしい。今日はその報告と祝いを兼ねて飲みに行こうと誘われた。せっかくの祝いごとなのに一緒に飲みに行くのが俺ぐらいなんて、長谷川さんも大概寂しいオッサンだ。

「今日は長谷川さんの奢りなんだろ?」

「ええ!?この場合俺が祝われる側なんだけど…」

ぶつくさ言うオッサンのとなりに俺は腰かける。カウンターの向かいにいる仏頂面したおやっさんにビールを頼んだ。

突き出しと一緒に出てきたビール瓶を持って、長谷川さんのグラスに注ぐ。長谷川さんは「悪いねぇ」と照れながら俺の酌を受けた。

「おめっとさん」

かちん、とコップを鳴らして喉に注ぎ込む。最初の一口はいつもウマいはずなのに、なんでか今日はウマく感じなかった。おいおいどーしたよ俺。

となりを見れば、長谷川さんがへらへらしながらウマそうにビール飲んでた。それになんか腹立って、長谷川さんの突き出しの塩辛を全部食べてやった。

「ちょっとォォォ銀さん!!俺の塩辛!!」

「随分と幸せそーじゃねぇか。何?そのいかしたスーツで元奥さん迎えにでも行くの?」

「え!?…な、なんだよ銀さん、急にそんなこと……つか元じゃないからね今でも奥さんだからね」

塩辛食べたはいいけど、あんまり好きじゃないことを今思い出した。俺はそれを流し込むのにグラスに残ったビールを一気に飲み干した。そういや新八がウチで塩辛作ってったっけ。あれだったらフツーに食べれんだけどなァ。

台所で塩辛作る新八の後ろ姿が浮かんだ。そういや漬物も作ってたっけ。毎日ぬか床混ぜろって言われて混ぜないでほっといたら怒られたんだよな。つかなんであいつが好きでやってることで俺が怒られなきゃならねーんだ。もっと言えば別に俺はそんなことやれって言ってるわけじゃなくてあいつが勝手にやってるだけだし。なんなんだよ、あいつ。俺の嫁かっつーの!

「…長谷川さん、」

「ん?」

「…嫁さんってどんな感じ?」

俺は手酌でまたビールを注いだ。勢いをつけすぎて泡ばっかりになっちまった。

「…は?嫁?」

「嫁ってのはメシ作ってくれたり、洗濯してくれたり、ガキの面倒見たり、こっちが茶ァのみてーなァって思ってるときにはそっと出してくれたりよ、そーゆーモンじゃねーの?」

「…?ああ、まあ…」

「つーかよ、俺だったらそんなこと、好きでもねー相手にできねーと思うわけ。それをよォ、あいつはなんで…」

「あいつ?」

「…いや、なんでもねぇ」

今日は酔いが回るのが早いらしい。俺はそれきり口をつぐんでもくもくと飲みながらつまみを食った。長谷川さんはその間、さらに腹立つことに「なあこれでハツも見直してくれるかな」なんて、相変わらずにやついてた。

なんでだよ新八。お前の一番近くにいるのは俺じゃないのかよ。

なんで俺じゃ、お前の一番になれないの。


ガキ臭い感情は、グラスの中の酒と一緒に飲み干した。
























家に帰るころには雨はすっかり止んじまっていた。台風は好き勝手暴れ回ってそこら中を散らかして行っちまったようだった。ああ、どうせならこの憂鬱な気持ちも持ってっちまってくれてよかったのに。きまぐれな台風にそんなことを願うのはどうやら筋違いらしい。

そんな馬鹿なことしか考えられなくなった頭で、俺は万事屋の玄関を開けた。

「たっれぇ〜まぁ」

ふらふらする足はそこで力尽き、俺は玄関に倒れこんだ。

「ちょっと銀さん!」

居間のほうから小気味のいい足音と一緒に聞こえてくる、いつもの声。ほらな、やっぱり。新八は待っててくれる。

「たらいまぁ〜しんちゃん」

「うっわ酒くさ!どんだけ飲んできたんですかアンタ!」

新八は仰向けに転がった俺の足元にしゃがみこんで手際よくブーツを脱がせる。俺はそれを好きにさせておく。酒でも入ってないとこうやって新八に世話を焼いてもらえない。

「ホラ、もうせめて布団まで自分で行ってくださいよ!」

ブーツを脱がした新八は、背中側から俺の体を持ち上げる。脇の下から両腕を入れて、10キロ以上重い俺を引きずって運ぶ。

「しんちゃんはいいこね〜おかしあげよ〜ねぇ」

頭の後ろ側に感じる新八の体温が伝わってきて、なんだか胸が痛くなった。

こいつの体温を知ってんのは、俺だけなのに。

「黙ってろこの酔っ払い!ああもう、今日は早く帰りたかったのに…」

小さくつぶやいた言葉はよく聞き取れた。参ったな。酔うまで飲んだ意味がねぇじゃねぇか。

「なんで早く帰りたかったの?」

「え?」

酔いに任せて、その言葉が口をついた。耳ははっきりしてるのに口は馬鹿になってるらしい。

「ねぇ、なんで?」

「なんでって…」

俺は新八の腕から体を起こし、そこに座り込んで新八の方を見た。新八と目が合うと、とたんに逸らされた。

「会いたい奴が、いるからじゃねぇの?」

新八は答えない。だけど反応でわかった。馬鹿だな、お前嘘なんかつけないだろ。

「べ、別に…」

「いーよ、知ってるから」

「…なんで、」

「好きな奴がいるんだろ」

言っちまった。聞いちまった。これでお前はなんて言う?そうなんですって笑って言うのか?

俺の目の前で?

「…すいません」

新八は笑わなかった。笑わなかったけど、俺に謝った。なんで?なんで悪いと思ってるの?

…ああ、俺の気持ち知ってて、応えられなくてごめんなさいってことか。なんだ、俺の気持ち知ってたのか。なんだ、必死こいて隠して、俺、かっこわりーな。

終わっちまった。俺、結構本気だったんだけどな。

「…なんで謝るんだよ。別に悪いことじゃねーだろ」

「だって…聞くってことは、銀さん知ってるんでしょ」

「…は?」

「僕の…その、気持ち」

「ああ…」

「でもっ、」

下を向いていた新八が顔を上げて俺を見た。

「僕、忘れますから!お願いですからここに置いてください!」

俺の着流しを掴んで必死に訴える。その目を見て、ここまで新八に思われる奴を心底憎らしく思った。だけどここにいたいと言ってくれた新八の気持ちが嬉しかった。

「置くもおかねぇも、それは関係ねぇことだろ。お前がここにいたいってんならここにいりゃあいい」

行かせるもんか。離すもんか。お前がどんなにそいつを好きだろうと、お前は万事屋の助手だ。ここにいる限り、俺の隣にいてくれよ。

恋人じゃなくてもいいから。


「銀さんのこと上司として見ますから!もう変な気持ちを持ったりしないようにちゃんとします!だから…」


「…………は?」

…アレ?聞き間違い?なんかこの子、今俺のシリアスシーン全部ひっくり返すようなこと言わなかった?

つか、それって、もしかして。

「…あのー、新八君、」

「…はい……?」

正座した膝の上でぎゅうって手を握ったまま新八は俺を見つめる。眉がハの字になって、情けないべそ泣き顔だ。

「お前の好きな奴って、その、」

「ぼ、…僕だって悩んでたんですからね…まさか銀さんを、なんて…それに最近は銀さん明らかに僕のこと避けてたし、毎晩飲みに行っちゃうし、僕の気持ち知って、きっと嫌になったんだって、」

しどろもどろになって話す新八の耳は真っ赤で、それが俺の中の期待を確信に変えた。

俺はとんだ勘違いをしてたみたいだ。

「新八ィ」

「…なんですか」

すっかりしょぼくれちまった新八に、俺は正面から抱きついた。新八は「うわあ!」なんてマヌケな声を上げて、その勢いのまま二人で床に倒れこんだ。

さっき感じた新八の体温は、さっきよりもずっと近い。

「ぎっ、銀さん!?何するん…」

「俺よォ、」

酔いはもうとうに覚めた。俺はすっきりした頭で、新八の感触を確かめていた。

「お前がいないと、駄目みたい」

腕の中でもがいてた新八が、とたんにおとなしくなった。そうしてその腕が、俺の背中に回るまで、俺は言葉を待った。

「…しっ、知ってますよ」

「…そうなの?」

「僕も、…銀さんいないと、駄目ですから」

「…うん、俺も知ってる」

「……嘘つけ」

踏み出すべきラインはすぐそこにあって、だけど意気地なしの俺達はたった一歩を怖がって。

お手手つないで「せーの」で一緒に越えちまったみたいだ。


「銀さん、僕、銀さんのことが…」


新八の言葉を待たずに、その唇にキスをした。

その言葉の先を聞いたなら、俺は幸せすぎて死ねるだろう。








「そういや会いたい奴って結局誰なの?」

「…今日はお通ちゃんのシークレットライブだったんですよ」

「………ああそう」













坂田銀時、三十路間近。
職業、万事屋。
新婚ホヤホヤ、娘とでかい犬もあり。


絶賛、相思相愛中。














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初音/ミク:相愛性理論

2011.09.22 月見 梅
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